ステラ・プレイヤーズ 13*大町星雨

「カウダクス・トレーンです。ルシンの文化を研究しています。で、オルキーランの説明だったよね」
 それだけ言うと、トレーンさんはすぐに手もとのノートを開いた。しかも即刻敬語取れてる。こりゃ没頭すると周りが見えなくなるタイプだな。里菜が何か言いたげにこちらをちらりと見た。何だよ。
「まず、ルシンのことは知ってる?」
 トレーンさんの言葉に、俺たちは頷いた。新興ウイルスで全滅した、不運な人種だ。
「アラル政府はそう言ってもみ消そうとしてるけど、実際はちょっと違うんだ」
 トレーンさんが眉をしかめながら言った。
「それは後で説明するとして、ルシン人が絶滅した七年前ごろまで、宇宙にはオルキーランという組織があった。政府からはほぼ独立していて、各地で遺跡や文化の調査を行ったり、ボランティア活動をしたり。戦争の調停もやったし、独自にあちこちをスパイしてたってうわさもある」
「で、彼らが持ち歩いていた道具がクラル。今そっちのお嬢さんが持ってるやつだ」
 俺は里菜が膝の上に置いている短剣を見た。里菜は短剣――クラルの柄をしっかり握り締めている。
 トレーンさんが続ける。

 君たちも見てきたとおり、オルキーランには不思議な力がある。それによってオルキーランはかなり尊敬され、時には恐れられていた。
 それに伴って、ルシンもそんな目を集める事になったんだ。何と言っても、オルキーランが生まれた星だったし、彼らのほとんどがルシン人だったから。
 ルシン人はアト人と似てたけど、いくつか違いがあった。例えば、ルシン人には三つの目があったし、指は六本ずつ。そして耳の先が少し尖っていたんだ。そう、そんな感じの形。
 見張りの人がお嬢さんの事で大騒ぎしたのも分かるだろ? オルキーランが生きてたってことでみんな、僕も含めて驚いた。
 生きてたってどういうことかって? これから話すからせっつかないでよ。
 七年前なんだ。ルシンに人が集まって、祭りが開かれた。一年に一度開かれる、ルシン人とオルキーランだけが参加できる祭りだ。
 そしてこの騒ぎのさなか、急に妙な病気が流行りだした。元気に歩いてた人が、急に苦しみだして死んでしまうんだ。ルシンの人々はパニックを起こしてルシンの星から逃げ出した。でも、突然変異のウイルスからは逃れられず、ルシン人は全滅してしまった。その時ルシン星にいなかった人たちも、逃げてきた人からうつされたらしい。
 この事件でオルキーランもぐっと少なくなってしまった。でも更におかしな事件が相次いだ。生き残りのオルキーランが急に消えたり、自殺したり……。原因も分からないうちに、オルキーランは姿を消してしまった。
 あ、ごめん。聞いてて気持ちいい話じゃないよね。でももうちょっとだけ我慢して。
 この事件があった後、アラル政府は、どんな理由があろうとルシンに行ってはいけないと決めた。表向きは、この強いウイルスが更に変化して、他の人種にも移ったら大変だってことだ。
 でもクロリアでは、実はウイルスをばら撒いたのはアラル政府で、細かい調査をされたくないからじゃないかって考えてる。確かにオルキーランの超能力は圧倒的だったし、スパイのうわさも丸っきりの嘘でもなかったみたいだからね。ネシャト大統領が思い切った行動に出てしまったんじゃないかっていうのが通説かな。
 これはクロリアが結成された理由でもある。大統領が裏で糸を引いてるなら、抵抗する人たちは結束しなきゃならないからね。
 そして今日、クラルを持ったルシン人みたいな子が突然やってきた。この基地の場所を教えてもらってもいないのにね。
 全滅したと思われていたオルキーランがいたと分かったなら、クロリアの士気は上がる。それにオルキーランがクロリア方についてくれれば、アラル政府もクロリアを非難しにくくなるだろうね。何てったって、オルキーランを良く思っている人は宇宙中にいるんだから。

 トレーンさんが口を閉じた。会議室がまた静寂に包まれる。
 俺の頭の中は、新しく入ってきた情報でごちゃごちゃしていた。これを理解するにはちょっと時間がかかりそうだ。数学の公式とハッキング知識なら一発で頭ん中入るってのに。里菜はというと、クラルを両手で握ったまま、うつむき加減になっている。
『思ったより随分時間が経ってしまったようですね』
 重苦しい雰囲気を断ち切るようにパピルス首相が明るい声を出した。ロータス指揮官が立ち上がる。
「これからどうするかは、慎重に決めなくてはならない。アラルがどう出るか検討もしなくては。しかし今日はこれぐらいにしよう。客人にも改めて部屋を用意してある」
『ええ。それに話の内容からして、二人とも相当無理をしているはずです。詳しい話はまた後日としましょう。しばらくは基地でゆっくりお休みなさい』
 そう言われて初めて、肩にどっとした疲れを感じた。そう言えば昨日(?)の夜中から今まで、ずっとまともに寝てない。戦闘機の狭いイスでうたた寝した程度だ。体が重い。
 先ほど案内してくれたロボットが部屋に入ってきた。俺たちは軽く頭を下げて、会議室をでた。

 部屋に戻ると、パジャマが用意してあった。俺は無視してベッドに寝転がる。さっき風呂入ったばっかだし、いいや。里菜がパジャマを手に取ろうとして、止まった。部屋をゆっくりと眺める。ごく普通の下宿部屋だ。さっきより若干狭いかなって程度。
 里菜がうっと声を漏らした。
「ちょっと待って、大斗と同じ部屋に寝なきゃなんないの!?」
 里菜の眠気はすっかり吹き飛んじまったらしい。確かに二つのベッドは同じ部屋にある。俺は枕から頭を上げた。
「あのさ……。嫌なのは分かるけど、今日ぐらい黙っててくんないかな。ものすごく眠い。さっさと寝たい」
「そうだ、隣の部屋にソファがあったよね。どっちかがそこに寝ればいいじゃん」
 人の話を聞け。
「どっちかって……俺にソファで寝ろと?」
「寝られなくはないでしょ」
「俺は門番を気絶させた上に戦闘機を操縦してきたんだぞ。ベッドで寝る権利はある」
「私だって離着陸用扉を開けたし、私のおかげでこうやっていい部屋に寝られる」
「それは半分偶然だろ?」
「私はベッドで寝たいの!」
「それは俺もだ」
 そこで二人とも黙った。これじゃらちがあかない。
 視線を落として、二つのベッドの間の床を見る。ちょうど中間の辺りに、小さなへこみが作られている。
 俺はベッドから飛び降りると、またぎゃあぎゃあ言い出した里菜を無視して、へこみを調べた。
 じゅうたんのような床にまぎれて、細いレールがあった。レールを目でたどって、突き当たりの壁に切れ目とスイッチがあるのを見つけた。試しに押してみると、カタンと音がして、切れ目から何か出てきた。
 取っ手を引いてみると、弾力のある膜のようなものが出てきた。白くて反対側が見えない。そのままレールに沿って引くと、里菜のベッドの周りを囲んだ。壁に着くと、磁石のようにぴたっと張り付いた。里菜の声も同時に聞こえなくなる。
 数秒して、里菜が反対側から膜を開けた。感謝とも不機嫌ともとれる顔で黙っていたが、一言言った。
「おやすみ」
 俺も返事をして、自分のベッドに向かった。後ろでパチンと膜の閉まる音がする。
 どうにかベッドにもぐりこむと、久しぶりにぐっすり眠った。



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最終更新:2012年01月20日 16:21