「耳を見せなさい」
画像の女が里菜の方を向いて、言った。遠距離通信のせいかややくぐもって聞こえるが、歯切れが良く聞き取りやすい。
そこで里菜の表情が目に見えてこわばった。真剣な視線が注がれていても、硬くこぶしを握ったまま、髪をよけようとしない。少し尖ったような形のせいで、よくからかわれていた耳。最近は言われても笑うか、ちょっとやり返すぐらいだったから気にしないでいたけど、この様子じゃ相当コンプレックスだったらしい。
それでもやがて、ゆっくりと片手が上がり、髪を耳の上に上げた。
里菜が見せやすいように横を向くと、着陸の時のようなざわめきが走った。学者なんか、身を乗り出して見入っている。
里菜が眉をひそめたまま目配せしてきたが、俺もどう反応したらいいか分からなかった。
しばらくして、男がため息をついた。部屋の時間が動き出す。里菜がすぐさま耳を髪の中に隠した。
「失礼した。ここは惑星オルア。クロリア軍の第十六駐留所だ。私は軍指揮官のオタガ・ロータス。こちらは」
『クロリア政府首相のウルナ・パピルスです。今は別の基地にいるんですが、緊急を要するとのことなので、通信機を使って参加させていただきますね。クロリアの事はご存知?』
画像の女性が言葉を継いだ。そう言われてみると、ニュースでこの二人を見たことがある。いくつかの惑星を拠点にするテロ組織の指導者、って事になってたけど。
そう言うと、男――ロータス指揮官が苦笑いした。
「アラル政府側から見ればな」
「本当は違うんですか」
俺はあえて強気に出た。牢屋行きのはずが、政府攻撃の筆頭に立つ二人や軍の首脳部と向かい合っている(首相と将軍だぜ? 間違っても中二がほいほい会えるような格じゃない)。これぐらいに出た方がいいだろう。
ロータス指揮官が軽く眉を上げた。
「あの権力に凝り固まった大統領よりずっと良いはずだ。第一、クロリアはテロ組織ではなく、政府を持ったれっきとした一国家だ」
そこで指揮官は眉をひそめた。横にいたエガル人が口を開く。
「オルキーランといる君なら知っているはずではないのか?」
オルキーラン? 確か、盗聴したアラル軍の会話にも出てきた。でもそれが何かはどこをハッキングして(調べて)も見つからなかった。里菜の方を見ると、里菜も助けを求めるようにこちらを見ていた。
しばらくその様子を見て、パピルス首相が軽く頷き、口を開いた。
『どうやらお互いに情報交換の必要がありそうですね。クラル――その短剣を手に入れた経緯や、どうしてあなた方のような年でアラルの船を奪ってまで逃げる羽目になったのか、教えてもらいましょう』
さりげないが、有無を言わさない口調だ。俺はどうする、というように里菜を見た。里菜は机の下で短剣を握っていたが、やがて頷いた。話しても危険はなさそう、ということだ。
「まず短剣を入手した経緯ですが――」
主に俺がしゃべって、里菜が時々記憶を補った。本来なら里菜が話すべきなんだけど、俺の方が緊張してないし、ハッキング経験のおかげで里菜よりはアラル語が上手い。指揮官たちは黙って聞いていて、時折質問を挟んだ。
俺が話し終わると、ロータス指揮官が息をつきながら、イスにもたれかかった。
「なるほど、経緯は分かった。クラルの元の持ち主が分からないのは残念だが、オルキーランが見つかったのは良い事だ」
会議場が静かになった。身動きさえない。
里菜が横で座り直して、全員の注意がそちらに向いた。
「あの……私たちにはまだ何が何だか分からないんですが……」
声は尻すぼみになったが、目はちゃんと前を向いていた。ロータス指揮官が頷いた。
「うむ。それについてはトレーン研究員から話してもらおう」
それを聞いて、学者がこちらを向いた。
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最終更新:2012年01月20日 16:18