「何もひっぱたくことはねーだろが」
早足で歩きながら大斗がぼやいた。手で左頬を押さえている。
私はふくれっつらで答えない。
散々怖がらせといて。来るなら来るって言っといてよ! しかも絶対に日常で使えない変な特技持ってんのは小さい頃から知ってたけど、軍の基地に侵入してしかも平気で衛兵になりすましてるって、あんたどんだけ非常時用にできてんのよ!
夜の駐留所は静かで、機械の動く音が時々するだけだ。角から顔を出して人影がないのを確かめる。すぐさま開いていたドアから格納庫に駆け込んだ。一瞬足が止まる。
広さと高さはちょうど学校の体育館ぐらい。両脇に二人乗り戦闘機が、五台ずつ並んでいる。アラル文字が書かれてるし、宇宙用の戦闘機で間違いなさそうだ。
「適当に選んでいこう」
そう言って歩き出そうとした大斗を、私が引き止める。
「いこうって、一緒に来る気なの?」
大斗は少し緊張した笑みを浮かべた。
「お前は、一人じゃピンチ抜け出せないみたいだし」
「そりゃどうも」
「それに……」
大斗がちょっと目を泳がせた。ひょっとして何かやらかしたか。
「何があったの?」
「……警察に、俺のハッキング、ばれたっぽい」
「はあ!?」
私は思わず大声を出しそうになった。大斗が慌てて手を顔の前で振る。
「まだこの基地にハッキングしたのはばれてないから! もっと情報集めようとして、たまたま俺に警察の捜査令状でたってこと見つけてなけりゃ今頃逮捕されてるってるって。その罪状は前にやったやつで、今回のじゃないから、心配すんなって」
十分心配だ!
私だけでもヤッカイゴトだらけなのに、これ以上持ちこまないでよ!
「まあと言う訳で、俺も一緒に行く。地球にいたら間違いなく刑務所行きだしな」
他人事のように言う大斗。十四歳のお尋ね者か……。って、私も似たようなものか。ため息。
「よし、早く出発しようぜ。長話しすぎた」
「誰のせいだと思ってんの」
私は顔をしかめながら手近な戦闘機に向かった。大斗が壁のパネルを操作して、離着陸用の扉を開けにかかる。その背中が、いつもより大きく見えた気がした。
操縦席に乗り込もうとした時、入り口で声が上がった。そちらを見る間もなく足元で何かがはじける音がした。慌てて機体の後ろにまわりこむ。大斗も反対側から転がり込んできた。
機体の脇を、光が猛スピードでかすめていく。光が当たった場所ははじける音を立て、黒く焦げる。その数は増えていく一方だ。
「エネルギー銃の威力、思ったより強えな……」
大斗がつぶやいた。大斗も最初は応戦してたけど、今は私のすぐ横まで避難して縮こまっている。私も短剣を出したけど、銃にかなう訳なくて、少しでも安心を求めるために握り締めているだけだった。
ガン、と嫌な音がして戦闘機が揺れた。これじゃやられるのは時間の問題だ。
「くっそ、あいつらが来る前にでかい扉を開けちまっとけば、まだなんとかなったのに」
大斗が揺れる機体を少しでも押さえようとしながら毒づいた。私はつられるように壁のパネルを見た。光弾が流れていく向こうで、開けっ放しになっている。
不意に私の頭の中で、夢で見た光景がひらめいた。夢に出てきた人は、短剣の力で風を起こしてた。なら、ここからレバーを上げることだって、出来るかも。
夢の中身を信じるなんて非合理だろうけど、他に手はない。
短剣の文字がきらりと光った気がした。駄目元でやってみるしかない。
.
最終更新:2012年01月20日 16:06