ステラ・プレイヤーズ 6*大町星雨

 雪をかぶった腕時計が午前四時を差す頃、私は駐留所に着いた。中央の管制塔から出る光が、基地全体をゆっくりと照らしている。それでも林に面した場所にまでは光は届かない。
 周りはごく普通の、背丈ほどしかないフェンスで囲まれている。でも大斗の情報に寄れば、無理に切って入ろうとしたり、登って越えたりすると電気ショックを受けて気絶。気付いた時には、衛兵に捕まって牢屋に入ってるという状態らしい。
私は傍に生えている防風林の木に手をかけた。枝に積もった雪を払いながら、体を上に持ち上げる。木登りなんて、ずいぶん久しぶりだ。寒さで指先の感覚が無くなってくる。
 短剣売った人、地球人だかアラル人だか、こうなる事知ってたんだか知らないんだか分かんないけど、何にも言わずに厄介事だけ置いてくなんて反則!
 フェンスが下に見えるところまで上がってくると、私は枝の上にそうっと立ちあがった。フェンスの向こうの雪だまりに狙いをつけて、跳んだ。
 ばふっと格好悪い音をたてながらも、私は無事雪だまりに着地した。着地と言うより、綺麗な大の字がついたような落ち方だったけど。とにかく、第一関門突破だ。この辺りに巡回が来るのは三時間後。このフェンスをずらした跡が見つかる前に、上手いこと逃げ出さなきゃいけない。
 私は荷物をしょいなおすと、足跡を残さないよう雪の深いところを選びながら戦闘機の格納庫に向かった。

 雪の影響を受けないよう、ここの格納庫は三階に作られている。だから一旦中に入って上がる必要がある。
 除雪機の陰からそっとのぞくと、背丈の二倍はありそうな入り口がそびえていた。いかにも重そうな鉄でできている。入り口の周りは、更に防弾ガラスで覆われている。監視する人も見当たらない。アラルの防犯システムには、人の手はいらないんだそうだ。時々巡回が回ってくるだけ。
 私は時計をちらりと見た。あと十分で巡回が来る。思ったより時間がかかってる。急がないと。
 ガラスで出来た入り口に着くと、縦に赤い光線が何本も走っているのが分かった。監視装置だ。
 私は大斗にもらった、ボールペンのような道具を出した。それをドアの上と下、光線が出ている部分に押し当てる。
 光線がちかちかと点滅して、消えた。詳しい説明は、一応してもらったんだけど、係数がどうのおーむがどうのでよく分からなかった。要するに、一時的に光線を解除する装置らしい。
 私は音を立てないようにドアを開けて、内側に入った。外と違って春のように暖かい。目の前にある冷たい金属の門が不釣合いだ。
手袋を外して素早く時計を見た。あと六分!
 門の横の継ぎ目を探ると、調整用のプラグが隠してあった。ここにパソコンを取り出してつなげばいい。差し込もうとしたけど、焦っているのと手がかじかんでいるのとでなかなかはまらない。
 やっと差し込むとすぐにパソコンを起動した。これでパスワードが解読できれば、鍵が解除されるはずだ。
 いくつもウィンドウが出ては消えていく。私はいらいらしながら詰め所の扉と時計を見た。あと三分。
 パソコンが小さくブザーを鳴らした。私は思わず飛び上がって画面を見た。
 エラーだ。でも私には英語の説明文が理解できない。泣きそうになりながら再試行のキーを叩いた。また同じエラーが表示される。唇を噛んだ。
 後ろでがたんと音がした。振り向くと外に続くガラスのドアから、衛兵が二人、跳び込んでくるところだった。前にいた衛兵が私にさっと銃を向けた。アラル語で後ろの衛兵に何か言いながら、空いた手を通信機に伸ばす。
 私はその間にすっかり腰が抜けて、涙で視界が曇りだしていた。足が全く立たない。ウェアの下に短剣が隠してあったけど、抜く気力も残っていなかった。衛兵が通信機を引き抜くのが見える。
 後ろに立っていた衛兵が動いたのはその時だった。腰から銃を抜いて、前の衛兵が振り向く前に撃った。前の衛兵が倒れる。ピクリとも動かない。
 撃った衛兵は片膝をついて前の衛兵を調べていた。立ち上がると、震えたままの私に向かって歩いてくる。帽子を深くかぶっているせいで表情はよく分からない。私の前で立ち止まり、しゃがむ。私は歯をがちがち言わせて、乾いたつばを飲んだ。
「心配すんな。衛兵(あいつ)は気絶させただけだから」
 帽子のつばをぐいと上げて、見慣れた顔がにやりと笑った。
 大斗だった。



戻る   進む












.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年01月20日 16:06