ステラ・プレイヤーズ 4*大町星雨

「あのバカ! 何でこんな日に限って呼び出すのよ!」
 私は声に出して自分を励ますと、庭の門を手で押した。思わず手を引っ込めたくなるほど冷たい。目の前の家だからって横着しないで手袋してくればよかった。雪は降ってないけど風が冷たい。
 大斗の手紙が学校の下駄箱に入っていたのは昨日の放課後だった。
 ラブレター、ではもちろんなく、硬い字体で明日どうしても話す必要があるから家に来るように、とだけ書いてあった。しかも誰にも言うなとまで書いて。
 学校でも話せないことって一体何なんだろう。昨日久しぶりにあの変な夢を見たのもあって、胸騒ぎがした。
 大斗の部屋に入ると、薄暗く、人の気配がなかった。
「里菜、こっち」
 どこかからくぐもった声が聞こえて、私は迷わず横のクローゼットを開けた。
 その向こうは広い空間になっていた。三つのコンピューター画面の光で、キーボードを打つ大斗の影が浮き上がっている。床にはケーブルや紙が足の踏み場のないほど散らばっている。私はその光景を横目で見ながら「抜け道」の扉を閉めた。
 この部屋は大斗の「趣味」、ハッキングのための部屋だ。本来のドアは改築の際に埋められてしまい、出入り口は大斗の部屋のクローゼットだけ。部屋の汚さもあって家族すらほとんど出入りしない。それをいいことに誰かさんの電話内容から宝石店の防犯ビデオまで、見つかったら一発で警察行きにされそうなデータをあさっている。しかも今までハッキングした情報は全部記憶しているらしい。
 ちなみに「こんなにたくさん電気使ったら親に怒られない?」と聞くと、「地下の電気ケーブルから直接電気ひいてるから、俺んちの電気代にはならないんだ」だそうで(立派な電気泥棒だ)。
 ここまで知ってるのは、小五の時「抜け道」を見つけた私ぐらいだろう。
 物を踏まないように気をつけながら大斗の横まで行くと、大斗はちらりとこちらを見ただけで、ヘッドホンを押し付けてきた。会話はなし。ハッキングに没頭してる時はいつもこんな感じだ。私は大人しくヘッドホンをつけた。
 大斗がマウスを操作して、ヘッドホンから雑音交じりの音が漏れ出した。この数カ月で聞きなれてきた言葉。アラル語だ。
『――それで、オルキーランの場所は特定できたのか』
『町内にあることは間違いありません。波長からクラルは短剣型だということも確認されていますし、明後日、更に性能の良い機械が届く予定ですから、住居単位で場所が特定できます』
『分かった。持ち主が判明したら直ちにそこへ向かえ。地球人の物取りのやり方は覚えているな』
『はい。アラルの仕業とばれないよう、使うのは地球の工具とナイフ。持ち主を刺し殺した後、クラルと共に金品を持ち去り金目当てのように見せる、ですね。間違いのないよう、クラルに刻まれている文字も必ず確認しておきます』
『よし。では住居の特定が済んだ後、また連絡を――』
 短剣型、町内、持ち主を刺し殺す。頭の中を今聞いた言葉が駆け巡る。
 短剣ってまさか、あの短剣のこと? じゃあ、あれを宇宙人の政府が探してる訳!? そう言われてみれば、あの文字は宇宙のどこかの文明のだったのかも知れないし。夢で言ってた「追っ手」っていうのもこれの事かも知れない。
 もしかしたらあの短剣には何か不思議な力でもあって、夢で伝えようとしてるのかも! 夢でも短剣の力で風を起こしてるようなシーンがあったし。で、きっとアラルはその力を狙ってて。
 何だか映画に出てきそうな話にも思えるけど、今回だけは妙に現実味を帯びていた。既にこの数カ月間のアラルの事自体、本の中から飛び出して来たような出来事なんだから。
 部屋の中なのに、指先が妙に冷たい。
 やがて大斗が私のヘッドホンを外した。私が気付かないうちに、再生が終わったらしい。乾いたつばをゆっくりと飲み込む。
 大斗が固まったままの私をじっと見つめた。
 私は大斗が「冗談だよ」って笑ってくれるのを期待した。でも、大斗の目は少しも笑っていなかった。大斗が口を開く。
「昔、お前んちに短剣売りに来てた人がいたよな。確か変な記号も彫ってあったし。……やっぱ心当たり、あるみたいだな」
 私は肩をこわばらせたまま頷いた。
 大斗がパソコンに向き直って続ける。
「これが、昨日通信をキャッチしたときの内容。で、この通信元をたどってみると……」
 画面に県内の地図が映し出される。一本の直線が、二つの場所をつないだ。
「ここから二十キロの距離にある一軒家と、県内の自衛隊基地だ。アラルの在日の軍人だろうな」
 軍隊。あまりにも日常からかけ離れていて、心の中で繰り返してみても、どこか知らない国の言葉を口にしているような気がした。
 どどっと重い音がして、屋根の雪が落ちた。カーテン越しにも、雪の影が見えた。
 でも、心が実感を持てないままでも、「軍隊」という存在は確かに私の日常に近づいてきているはずで。私はふわふわした感覚のまま、今の状況を考えるしかなかった。



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最終更新:2012年01月20日 16:01