ステラ・プレイヤーズ 3*大町星雨

Ⅰ(イウィ)「現実」が変わった数カ月間、そして吹雪の日

 風が木の葉を揺らす音で目が覚めた。横たわったまま、頭上の葉が揺らめくのを眺めていた。
「ああ、また衣装を汚して。早くしてください。あなたがいなきゃ始まらないんですから」
 足元の方から、怒った声が聞こえた。全く、そんなにせかせかしなくてもいいじゃないか。
 しばらくそのまま寝転がって相手をいらつかせてやった後、勢い良く起き上がった。草の香りが、ほのかに鼻に届いた。
 相手が腰の短剣を抜いて、軽く振った。短剣の文字が光る。風が巻き起こって、衣装についた草や土が吹き飛ぶ。
 相手はしかめ面をした後、ふっと表情を緩めた――。

 使節団の仕事は速かった。
 訪問の一ヵ月後には「アラル・地球文化協力条約」が成立。地球は全惑星の共同体である「アラル連邦」に加盟し、宇宙に乗り出していくことになった。
 テレビや雑誌では連日のようにアラルについての情報が提供されていた。
『今日はアラルの人種構成についてご紹介します』
 画面の中でアナウンサーが微笑んだ。紹介っていっても本人だって台本読んでるだけなんだろうけど。
 アラルには現在二つの人種が存在する。一つがアト人で、外見は地球人によく似ている。もう一つがエガル人で、肌が様々な色の鱗に覆われている。
 数年前にはルシン人という人種もあったらしいけど、強力なウイルスが流行して今は絶滅してしまっているそうだ。
 それから現在クロリアと名乗る集団がアラルに戦争をしかけてるけど、地球は奥まったところにあるから心配ないとも言っていた。それでも一応、地球のあちこちにアラル軍の駐屯地が出来ていて、私の家の近くにある自衛隊基地にも何機か宇宙用の偵察機がおかれているらしい。
「見ろよ里菜。アラルの地図だって。地球がちっぽけに見えるぜ」
 兄貴が帰ってきて早々紙を振り回した。大学生同士でも情報交換が盛んで、あちこちから資料が手に入るらしい。
 私は兄貴の手から地図を取り上げると、机の上に広げた。
「えっと、ア、ア、スだからこれが地球か」
「お前アラル語読めんの」
 私が指でなぞりながら言うと、兄貴が驚いた声を上げた。
「雑誌に講座が載ってたよ。作られた言葉だから覚えやすいんだって。それにテレビでもアラル語紹介とか、クイズとかやってるじゃん。兄貴はすぐ部屋に引っ込んでそういうの見ないからだよ」
 兄貴は髪をかき回していたけど、急に地図をひったくった。
「はいはい、天才里菜様にはかないませんよ」
「ちょっと、まだ見てるんだから返してよ!」
 私が取り返そうとするけど、兄貴は腕を目一杯伸ばして取らせない。こういう時男ってずるい!
「か・え・せ!」
「やだね。これは元々俺んのだ」
 ……結局母さんに没収された。

 自分は宇宙船の整備場に来ていた。油の匂いのする整備者に軽く手を上げると、レーダー撹乱機能付きの小型船に乗り込んだ。エンジンの始動スイッチを入れると、頼もしい音が聞こえてきた。今日も整備は完璧だ。特に今日のような重要な日は。ざっと表示の点検を済ませると、宇宙空間に向けて飛び立った――。

 変わった夢をよく見るようになった。多分、アラル使節来訪のせいだと思う。あとあの短剣も。宇宙の事が多いし、短剣も時々出てくる。ちなみにあの短剣は窓の横にある棚に飾ってある。
 アラルといえば、あの日から大斗が授業で居眠りするようになった。もっともそれはいつもの事で、数学と理科と体育以外はよく寝てた。でも最近は、大得意かつ大好きな数学でまで寝てることもあった。
大斗が友達とゲーセンに行くのも断っていそいそと帰るのも見かけた。その大斗の友達は、「パイロット・シューターの自己新記録塗り替えるって、言ってたじゃねえか!」と叫んでいた。うちの男子の間では、最近入ったアラル軍機のシュミレーションゲームがはやりらしい。
夜にそっと様子を伺うと、大斗の部屋、カーテンの向こうに微かな青白い光が見える。
 さてはアラル相手に、「探索」熱に火がついたな。私は他人事のように考えながら部屋のカーテンに手をかけた。
 寒気の訪れを告げる風が、どこかから枯葉を飛ばしてきていた。

 全く周りの見えない、暗闇の中。
「急げ! 刃は――すぐ後ろまで迫って――」



戻る   進む















.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年01月20日 15:58