ステラ・プレイヤーズ 1*大町星雨

〇(シンナ)それが何かも分からないうちに何かが起こった日

「母さん? 兄貴?」
 学校から帰って来たのに、二人の返事がない。今日は兄貴の大学もないし、ずっと家だって言ってたのに。
 リビングに入ると、生暖かい風が顔の横をすり抜けていった。テレビも真っ暗で、自分の足音さえ響きそうなほど静かだ。
 次の瞬間、重いものや固いものが、派手に崩れる音がした。私の心臓が飛び上がる。何の音なのか理解する前に、聞き覚えのある声がした。
「佳惟(かい)、こっち押さえて!」
 母さんの声――庭だ!
 急いでリビングの窓から庭に出ると、物置の前に二人がいた。なかなかアクロバットな姿勢になっている。ダンボールやら庭ほうきやらが崩れてきて、腕から足まで使って食い止めている。
 膝にダンボールを乗せたまま傾いたはしごを支えていた兄貴が、私の足音に気づいて首を苦しそうにこちらに向けた。
「里菜! このはしご……早……戻、せ!」
 私はぱっとはしごに飛びついて、物置の壁に戻した。兄貴がダンボールを下に置いて、すぐに母さんの抱えていたのを受け取る。
「ったく、だから父さんのいる明日にしろって言ったのに! 里菜がちょうど帰ってこなきゃ下敷きになってるとこじゃねえか」
 やっと一息ついた母さんに、兄貴がため息をつきながら言った。威厳たっぷりで叱る兄貴の前で母さんが小さくなって苦笑いしている。って、親子逆転してるじゃん。
 母さんは申し訳なさそうな顔で両手を合わせた。
「佳惟ちゃん、里菜ちゃん、感謝」
 どうやら母さんが物置掃除を思いたっちゃったみたいだ。私は苦笑いしながら肩をすくめた。母さんって、思いたったらじっとしてらんないんだからなあ。秋口になって、夕方は風も冷たいっていうのに。
「気になりだした物があって、もういても立ってもいらんなくなっちゃったのよ」
 母さんがけろっとした顔で言って、またダンボールと取っ組み始めた。すぐに、何やら黒い布に包まれた物を出して立ち上がった。
「これこれ、こんなきれいなもの、しまったまんまじゃもったいないもんね」
 中から出てきたのは、使い込まれた感じのする短剣だった。鉄色の鞘で、柄の皮は擦り切れている。鞘に巻きついているのは、ベルトらしい。ちょうど指先から肘ぐらいまでの長さだ。
「こんなものどうやって手に入れたの?」
 私は母さんに目線を戻した。刀がある家はあるけど、短剣ってあまり聞かない。第一、うちは武士の家じゃないし、こういう趣味がある人もいない。
 母さんが首を傾げたまま答えた。
「里菜が小学校二年生だったから、もう七年も前かな。女の人が尋ねてきて、事情があって手放さなきゃいけないんだけど、お宅で買っていただけませんかって。最初新手のセールスかなって思ったんだけど、その人の必死さ見て、演技じゃないなって思って。家がお金に困ってるみたいだったな。値段もほとんど言い値だったし、結構きれいだったから買ってあげちゃったの。ほら、大斗(たいと)君が遊びに来てたときだったじゃない。二人とも一緒になって玄関までこれ見に来て。覚えてない? 二人して気に入っちゃって大騒ぎして。里菜がすごく欲しがってたから、母さんも買う決心しちゃったのよ」
 そんなことあったっけ? しかも買ったのって私のせいにされる訳?
「それで、これ買ったのかよ。そういうのをだまされたって言うんじゃない?」
 兄貴が呆れて言った。それにこれだけ刃渡りが長いのって、銃刀法違反なんじゃ。
 母さんは首を勢い良く横に振った。
「それはないわよ。私、人の嘘だけは絶対見抜ける自信あるもの」
 私と兄貴は言葉に詰まった。確かに昔から、母さんにだけは嘘が通用しない。いたずらは一発でばれる。嘘発見器も真っ青だ。
「それにこれ、すっごくきれいなんだから。ほら、抜いてみて」
 母さんが私に押し付けてきて、私は言われるまま引き抜いた。



進む











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最終更新:2012年01月20日 15:56