「なんとなく、なんだけどさ。
ラーグノム達は、殺される最後の瞬間に表情が変わる気がしてたんだ。今まで狂暴だったのが急にふっと……何て言うのかな、安心?みたいな……優しい感じになるんだ。ネトシルが救うって言った瞬間、謎が解けたよ。あぁ、それだ、って。だから、オレも一緒に行くって決めたんだ」
エルガーツは少し、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「それなら話は早い」
ネトシルは痛ましそうに微笑んだ。そしてその痛そうな表情のまま、しゃがんでラーグノムの死骸に手を伸ばした。
そして、ラーグノムの首の傷口に指を入れて何かを摘み出した。赤黒い石のようだ。それを摘んだネトシルの指先は真っ白だった。余程の力が篭っているのだろう。
それは何かとエルガーツが問おうとした時、ネトシルが先に話しかけてきた。
「そういえばエルガーツ、お前さっき酒場にいた二人はどうしたんだ?」
「あぁ、ここまでの仕事仲間なんで、別れて来たよ。オレ、ここに留まったりこの定期の荷物護衛の仕事続けるつもりなかったし」
「ふぅん?」
一見普通の言い方だったが、ネトシルの獣の勘には何かがひっかかった。何がおかしかったのかはネトシル自身にも判らない。
そんな思考を遮るようにエルガーツは促した。
「とりあえず、この先どうするんだ?」
「そうだな。とりあえず大きな街へ出てラーグノムに関する情報を得るつもりだ。まず、このトラッツからドノセス村に出て、そのあと都市ワイティックへ向かう」
ネトシルは地図を広げた。
地図には三日月のような形をしたこの国の全体図が描かれており、ネトシルはトラッツからドノセスを通り ワイティックに行く道を示した。国の東南端のニアトノーム村からこのトラッツ まで線が引いてある。
線の上には今まで通って来たらしき村があり、大きな×がつけられていた。
駄目だった五箇所だろう。
「って、ニアトノームなんて山奥から来たのかよ!?」
「山奥で悪かったな」
ニアトノームといえば本当に山しかない所だ。
あまりに山奥すぎて国の端だが隣国との争いもない。山が高すぎて行き来も出来ない。ついでにそんなに人も住んでいない。そんな所で暮らせば動物の声くらい聞こえるようになるかもしれない。
ネトシルは少なからず怒ったようだ。里を想う心が強いのか結構な剣幕だ。
「とにかく、次はドノセス! 行くぞ!!」
地図を手早く畳みネトシルは立ち上がる。
「待てよ、今からか!?」
エルガーツは西を指す。もう太陽は傾き空は橙に染まっている。
「そうだが?」
「いや、何平然と答えてんだよ。普通に考えて無理だろ」
ドノセス村まで四半日はかかる。今から行っても着くのは宿も開いてない夜中だ。
「いや、これくらいならいつも行けるが……」
「……あんたの身体能力を普通の人間と一緒にすんな」
さっきのラーグノムを倒した動きを見る限り、この女なら実現しかねない。
思ったよりネトシルの仲間であるのは大変そうだ。
エルガーツはこっそり嘆息した。
「今日はいろいろ準備とか整えて、明日出発!これで行こう」
「……わかった」
エルガーツ決定。ネトシル不服。
「とはいえ……出てった酒場にまた戻るのはオレも嫌だけどな……」
「私もだ……」
二人の旅はどうやら前途多難らしい。
そして、彼らにとっての本当の苦しみは、まだ見ぬ驚愕の真実は、ラーグノムの謎は、新たな仲間は、まだ、姿を現してさえいない。
しかしとりあえず、エルガーツが宿に戻った時には、さっきまでの仲間の今の姿に驚愕する事だけは、確かなようだ。
「って、何でお前らエプロンつけてここで働いてんだよぉぉっ!」
【第一章 終了】
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最終更新:2012年01月20日 15:40