こえをきくもの 2*師走ハツヒト

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「ったくよォ、税は搾って民はほったらかしかよ。王サマとやらは何してんだか」
「聞けば第一王子は十年も前に失踪したそうだ。大方女と逃げでもしたんだろう」
 行儀悪く隣の椅子に片足を乗せた髭面の足をはたき落としながら、傷のある男が言う。店主も溜息をつきつつ、
「おまけにここ数年の狂獣ども。何て言ったかね」
 と会話に乗る。
「ラーグノム、だとよ。突然変テコな獣達が現れて狂ったみてェに襲い掛ってきやがってよ、最近俺達の仕事、盗賊よりそいつら相手ばっかりだぜ。何なんだアレ」
「噂では何処かの魔法使いが動物同士を合成して作ってるらしい」
 嫌そうに髭面は顔をしかめ、傷のある男も苦い表情をする。
「やだねェ全く。この国はどうなっちまうんだろうなァ」
 髭面は、酒臭い息をありふれた不安感と共に吐き出した。

 ラーグノム。
 それはこの国で数年前から急激に増え、目にするようになった奇妙な動物達の総称だ。
 村の長老でさえも見た事がない、既存の動物を混ぜ合わせたような外見が特徴で、種類は様々である。猫と犬のラーグノム、牛と馬のラーグノムなど、近しい種類の動物のラーグノムが大抵だが、鳥と馬でペガサスなど、稀に全く違う動物のラーグノムもいるらしい。そういう稀なラーグノムを捕まえて金持ちの収集家に売る事によって生計を立てる者もいる。
 このラーグノム達全てに言える事が、その狂ったような凶暴性だ。
 同族も力関係も無視して誰彼構わず襲い掛かる。
 同じ種類のラーグノムが殺しあったり、鼠と栗鼠のラーグノムが猫と犬のラーグノムに飛び付いたりする。狂戦士のように何も恐れないので、人里に出没して標的が人間になる事も多い。
 群れる事は滅多にないが、旅をする者には危険極まりない。
 今や物を運び街道を行く商人の護衛は、盗賊よりむしろラーグノムから身を守る為につける程だ。三人が受けた仕事もこれに当たる。
飼い馴らしたという話は聞かないが、誰が何の為にどうやって作り出した物なのか、何故不自然に凶暴なのか、その答もまた、知る者の話を聞かない。

「税は重いし、訳のわからん生き物はうろつくし、治安は悪いし。この期を狙って隣国ももうすぐ攻めてきそうだって話じゃねェか。全く、誰かこんな世の中変えてくれんかねェ。こう、魔法か何かでぱーっと」
 童顔髭面は疲れたようにカウンターに顎を載せた。
「そう上手い方法がありゃ、とっくに誰かがやってるさ」
 杯を磨きながら店主が答える。この店ですらそんな会話は何百回と繰り返されており、言葉の溶けた空気は店内どころか国内に飽和していて、もう溶け切れない部分が埃や塵となって床に降り積もるくらいだ。
 積もったそれらは凝って固まり、いつしか拭き取れない『諦め』という汚れになる。この国にはその汚れがこびりついて久しい。落ちない汚れをあえて落とす徒労をしようという者も同様に、随分前に絶えた。
「数年前までは、この国もいい国だったんだけどな……」
 机を拭きながら店主が苦々しげに吐き出す。
 代々受け継いだ店のカウンター机は磨き抜かれた光沢があったが、客の影が落ちた部分は木目が見え、それは年輪というよりどす黒く淀んだ泥の模様に見えた。
 朽ちていく事に、腐臭に慣れ始めた国。それがこの国の今の姿だった。

 会話が燃え尽きて暗い空気になったその時、
 突然入口のドアが開いた。昼の光が強烈に差込み、澱んだ空気を払拭した。三人と店主は思わずそちらを見つめる。
 逆光を背に受け入って来たのは一人の女だった。
 ズボンを履いて、足の付け根から膝に届く程大振りの二本のナイフを携えている以上、同業者か近い職業の者だろう。
 まるで獣のようだ。長い深紅の髪を三編みにして垂らしているのは尻尾のようだし、こちらに歩んでくる体の動きはしなやかだ。それにも増して一番、眼光は殆ど獣のそれだった。瑠璃色の虹彩は酒で焼く時の高温の炎に似て苛烈だ。
 油断なく窺いつつ威嚇するかのような目付きは、生活の中で戦う事をしない人間にはもはや到底出来ない。
 思わず息を飲んで視点を預けたまま動きを止めた三人に、女は口を開いた。
 若さと張りがありながら、深い声。始まりの一声。
「私と一緒に、ラーグノムを救って欲しい」


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