こえをきくもの 1*師走ハツヒト

「動物さん、好き?」
「うん、だいすきだよ」
「どんな動物さんが好き?」
「うさぎさんとかねこさんとか」
「だっこした事はある?」
「あるよ、ふわふわしてあったかいの」
「噛まれた事はある?」
「ないよ」
「じゃあ、噛まれたら嫌いになる?」

   * * *

「ッかーっ! やっぱ仕事後の酒は旨ェな!」
「お前には品がないな」
「黙ってろやぃ」
 昼間だというのに酒の臭いが漂うのは、そこが埃臭いとはいえトラッツ村に一つしかない酒場だからだ。
 そして昼間から酒場にいるのは、金持ちの放蕩息子かごろつき紛いの傭兵くらいのものだ。
 さらにこんな酒場で話される事と言えば、作物の出来とお偉方の愚痴と相場が決まっている。
 現に今、三人しかいない酒場の客は、三人ともが似たような革の鎧に身を包み腰に剣を吊っていた。つまりちょっと街に出れば買えるような安っぽい量産品という訳だ。
 擦り切れたような旅装や僅か荒んだ目付きも共通して、見るからに傭兵らしく、実際その通りだった。
「いーのかねェ、こんな若ぇモンが真ッ昼間っから酒かっくらっててよォ」
 気さくが取り柄でこの仕事についたような酒場兼宿屋兼メシ屋の店主が農具を磨きながらぼやく。三人の倍の歳に見える彼は兼農夫でもある。
「その若ぇモンに酒売ってんのは誰だよオイ」
 若い顔に似合わぬ髭を生やした銅色の髪の男は、木彫りの杯を揺らした。たぷんと中の安酒が音を立てる。頬の赤さを見る限りこんな酒で酔える程弱いらしい。密偵にはなれない。
「クダ巻くな見苦しい」
 その頭をべしりと叩いた消し炭色の髪の男は、その動作にそぐわず顔は凶悪そうだ。口元には目立つ傷がある。
「つーか酒でも飲んでねェとやってけねェってのよ。おやっさんよくこんな重税ン中農夫なんざやってんな。おかわり」
 店主は乱暴に杯を置いた髭面に注いでやりながら、
「代々守って来た土地だからな。それよりお前らちゃんと払えるんだろうな?」
 磨き終わった鎌を持ち上げて、反射させた光で客を撫でる。
 それに対し大袈裟に両手を上げて、
「おー怖ぁ。ちゃんとあるって。仕事直後だからな。ここまで物資運ぶ商人の護衛やってたんだぜ俺達。なぁ?」
 髭面は今まで一言も話さなかった三人目に声を投げた。
「あ、うん、そうだな」
 声を掛けられた彼は、果実酒の水面から顔を上げた。
 考え事をしていたらしく、生返事を慌てて返す。
 三人の中で最も若く見える彼は、二十歳は越えていない事が確実だ。実りの麦の穂色の髪に、新緑色の瞳。少しやせ気味の健康的な体つきではあるが、その表情はどこか冴えない。
 そんな返事にも気を悪くした風もなく、髭面はへらへらと手を振った。
「いやー、でも助かったぜエルガーツ! お前のお陰で今回の仕事にありつけたんだからな」
「そんな、オレ何もしてないよ」
 エルガーツと呼ばれた少年は少しはにかんで答える。
「ごっじょォだんをー! お前が組んでくれなけりゃ俺達なんて顔でバツだぜェ?」
 自分の顔を指してわざとらしくニヤリと笑った髭面は、とても治安の良い世界の住人に見えない。
「髭剃れよ」
「ヤだよ俺童顔だもん」
 突っ込んだもう一人も、顔を少し引き締めれば一人二人は殺してそうな人相になる。
 対してエルガーツと呼ばれた少年は、純朴そのものの生真面目そうな牧童の顔だ。決して美しい顔立ちではないが、どこか人好きのする感じがある。
 傭兵とは実力の世界の部分も勿論あるが、実はこの顔というのも重要であったりもする。
 傭兵というのはある意味信用の商売である。例えば先程彼らの言った物資の配達の場合、悪い傭兵に当たると前金を貰ってトンズラなどはまだ良い方で、最悪道の途中で雇主をバッサリやって物資を持ち逃げなんて事もある。
 勿論傭兵ギルドが存在しない訳ではないが、それを頼るには相応の金額が必要になる。
 出せない商人は、己の眼で選んでフリーの傭兵を雇うしかない。道には盗賊が待ち構えているのだから。
 そして商人は他に基準がないので、仕方なく見た目で選ぶしかないのだ。そうなると髭面と凶悪人相は、盗賊を脅すには有利でも職を得るには不利でしかない。
 盗賊の出没。傭兵の裏切り。猜疑心。本質の無い職業差別。
 それもこれも国の乱れによる治安の悪化が原因である。


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最終更新:2012年01月20日 15:24