ダンゴムシは口を閉ざす 1 *小豆

 あまりの暑さに夏も元気をなくしたのか加減をしてくれて、涼しくなった八月の末の山のふもと。ダンゴムシのパダンは、風や鳥が散らして落としたドングリの葉を、石の影でモグモグと食べておりました。
 葉緑素が抜け落ち、すっかり茶色になったドングリの葉です。口の中へ頬張る度にパリパリと砕ける心地よい歯ごたえが、ますますパダンの食欲をそそりました。いくらでも食べられそうです。
「夏に落ちている葉は、やっぱり秋とはちょっと違うよなぁ。歯ごたえは秋より少し劣るけど、香りが良い。他の虫はどうしてこの美味しさが分からないんだろうなぁ」
 パダンが思い浮かべたのは、力自慢のカブトムシ達や、美麗ともてはやされているチョウ達の事です。以前パダンは、どうして君達はこんなにおいしい落ち葉を食べないのか、と聞いた事がありました。しかし彼ら、彼女らは、一様に落ち葉以外のものが美味しいからだ、と言っていました。
 角が自慢のカブトムシのゴロガくん曰く。
──お前達は俺達と違って木に登れないからな。だからそんなものを、おいしい、とか言ってんだ。それよりも樹液の方が何倍もおいしいんだぜ?
黄色の羽が眩しいチョウのリムルさん曰く。
──落ち葉? そうね、秋にもなると、わたくしには負けるけれど、葉っぱ達は、それはそれは綺麗になるわね。でも食べようとは思えないわ。わたくしと同じ美を追求する方たちですもの。同じ美を求める虫の代表として、葉っぱ達を食べるなんて愚かな真似はできないわ。わたくし達が食べるのは、お花がわたくし達とおしゃべりする時にくださる上質な蜜だけでしてよ。
パダンは彼ら、彼女らの言葉を思い返して、そこで初めて、種族によって好みが違うという事に気がつきました。起きる時間も暮らしている場所も違うのだから、食べる物も好きな物も違って当然なのではないか。パダンはそう思ったのです。
変なこと聞いちゃったなぁ、とパダンは少し後悔しました。きっとゴロガくんとリムルさんは、変な事を聞くダンゴムシだ思った事でしょう。でもパダンは笑いました。少しだけ賢くなった気がしたからでした。
嬉しくなったので、パダンは仲の良いワラジムシのパジルにこの話をしました。

友達のパジルは、ちょっと困った事に、頼んでもいないのに、平和とは何なのか、とか、虫はみんな兄弟なのだ、とか、難しい話をしてくる癖がありました。パダンはいつも、その難しい話が理解できませんでした。
「君は馬鹿だなぁ」
それがパジルの口癖でした。

話し終わった後、パダンはこう締めくくりました。
「みんな好きな食べ物が違うんだよ」
 どうだ、今日の僕は馬鹿じゃないぞ、という気持ちでした。
でもパジルは突然、怒り始めました。
「カブトムシもチョウもけしからん奴らだ! 美味しい落ち葉を馬鹿にしている! 落ち葉は樹液よりも花の蜜よりも何倍も素晴らしい食べ物だ。それに何なんだ奴らは! あいつらだって、子どもの頃は葉っぱを食べていたんだ! カブトムシは腐葉土を、チョウは緑の葉っぱを食べていたじゃないか! 大人になったからって良い気になりやがって!」
ふざけんな、とパジルは吐き捨てるように言うと、パダンに背を向けて石の影から外に出ていこうとしました。
パダンは慌てて言いました。
「パジル、どこに行くんだい?」
「奴らの所さ! 一言言わないと気が済まない!」
「ちょっと待ってよ、パジル。誰も落ち葉の事を馬鹿になんてしてないじゃないか。君は聞き間違えているんだ」
 パダンは頑張って説明しましたが、パジルは聞く耳も持たずに行ってしまいます。
「待ってよパジルぅ」
 パダンはパジルのあとを追いかけ石の下から這い出ました。

















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最終更新:2011年11月21日 20:14