縁日草子 4*師走ハツヒト

 早目に来たつもりが時間はあっという間に過ぎ、夏の長い日も暮れて真っ暗になっていた。とはいえ、出店や提灯の明かりはその煌めきをいや増していた。
「もうすぐ花火始まるな、そろそろ席取るか」
「うん」
 ちょこちょことしか進まないリイナの歩く速さに合わせてゆっくりと歩きながら、空いた場所を探す。混んではいたが、男一人と子ども一人が入るくらいのスペースはすぐに見つかった。
「あそこのあたり、どうだ?」
「悪くない」
「よし決まり」
俺はさっき買った焼きそばと焼きもろこしを片手にまとめ持って、空いた左手をリイナに差し出した。リイナもさっき俺が射的で当てたキャラメルを袂に入れて、俺の手を取る。
 小さな手が触れた瞬間、一気に体温が上がるのを感じた。自分でやった事なのに、何を照れてんだ俺は。単にはぐれない為に手を繋ごうとしただけで、やましい気持ちはない。断じてない。
 訳もなく高鳴る鼓動を抑えつつ、土手の一角に二人で腰を下ろした。スピーカーからは提供企業の読み上げが流れていた。
「ギリギリの割に席取れてラッキーだったな。あ、焼きそばちょっと食べるか?」
「ん」
 短く返事をして、リイナは焼きそばのパックを受け取った。ずぞぞ、と欧米なら御法度になりそうな音を立てて焼きそばをすすり、小さく一言「うまい」と言った。
「それでは、衣砂川大花火大会の開幕です!」
 アナウンスの声と共に、高い音を立てて二筋の光が夜空を駆け上がっていく。どんどん高度を上げ、ほぼ頭の真上に届くころ。
ドォォォォン!!
と轟音を立て、夜闇に大輪の花を咲かせた。
俺もリイナも目を見開いてあんぐりと口を開けたまま、花火の余韻を見送った。
まず、本当に火が落ちてくるんじゃないかってくらいに、頭の真上で花火が開く。
次に、弾ける時のドンという音が、耳でなく体の奥底に響く。あれが火薬の爆発であることを、身をもって感じる。
この花火大会での二つの特徴が、普通の花火大会の何倍も、迫力があった。
買ってきた焼きもろこしを食べるのも忘れ、ただただ光の奔流に圧倒されていた。俺達が次に口を利いたのは、オープニングの大玉連打が一段落ついた時だった。
「すごいな、これは……」
「うん……」
 未だにびっくりした目のまま、俺とリイナはようやくそれぞれの買ったものに口をつける。といってもリイナの物はやはりリイナがお金だけ出して、俺が買いに行ったものだが。
 花火は少しゆとりを持って、様々な色を使った華やかなものを上げていた。
「あ、あれキレイ」
 リイナが指を指した。
「どれだ?」
「あの、途中で色が変わるやつ」
 指の先に、真っ白い色で尾を引きながら、消える瞬間桜色に染まる、どこか愛らしい花火が空を舞った。
「うん、綺麗だなこれは。俺はさ、あのしゅるるって音がする奴好き」
「どれ?」
「ま、その内出てくると思う」
 言った十分後くらいに、本当にその花火が上がった。白一色だが、丸く広がった後に粒一つ一つがねずみ花火みたいに光を巻き上げて回転し、しゅるるっという音を出すのだ。リイナもお気に召したらしく、その後も上がる度に「わ」と短い歓声を上げていた。
 花火を見ながら俺達は、あの色が綺麗だとか大玉は音が凄いだとか、首が痛いだとかいいながら、光の乱舞に見入った。土星や朝顔の形をした花火の中にあった、形がくずれて何か分からないものを、ああでもないこうでもないと推理しあった。ネコの顔形の花火がずれて変な顔になっているのを見た時は、二人して声を上げて笑った。
 形ものが終わった後は、他の大花火大会に比べて少し早目だが、フィナーレに向けての連発大玉に入った。降り注ぐような光の筋の迫力に、再び息を呑む。もう二人とも土手に寝転んでいた。そして最後、下から吹き出す緑のと打ち上がるひまわりのが合わさった、ひまわり畑のような夏らしい花火が、次第に金色に色を変え、最後は白色で夜闇を塗りつぶすように途切れなく上がり、それも次第に大きくなっていき、最後の最後に特大の一発が眩しい程夜空を灼き尽くした。その音は、まるで間近で太鼓を聴くように、見る人の記憶に刻みつけるように、力強かった。耳の中に残るその音が消える頃、誰からともなく拍手が巻き起こった。
「さぁ、最後は恒例のナイヤガラ花火です。最後までごゆっくりとお楽しみ下さり、気をつけてお帰り下さい。それでは、ありがとうございました」
 言い終わると同時にナイヤガラが始まり、その名の通り滝のように川に降り注ぐ光の美しさに呑まれ、一言も声を出せなかった。
 俺とリイナは静かに花火を見ていた。一部の客は帰り道が混む前に帰ろうと、途中ながら立ち上がる人もいた。川を横切るナイアガラ花火の向こうに、ぞろぞろと人の列が橋を渡っていくのが見える。川向うの駐車場へ向かうんだろう。
 光の滝越しにそんな風景を見ていたら、落ちて行く火と逆に川から噴き上がる白い物が見えた。
 水柱だった。


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最終更新:2011年10月17日 17:47