見えざる遺産 4*大町星雨

「とにかく、帰って開けてみましょう。ペンチやかなづちがあれば開けられそうですし」
 安藤さんが熱心に言った。頬が赤いのは、暑さのせいだけではないだろう。オレは木箱に手をかけた。
 不意に、背中を冷たいものがはしった。喧嘩慣れした体が、本能的に横へと飛び退る。オレがさっきまでいた場所で、高い音と共に地面がはぜた。
 膝をつきながら反転したオレの目に、黒光りする長細いものが映った。……冗談だろ?
 大寺さんの手に、猟銃が構えられていた。その筒口からは、白い煙がうっすらと出ている。ゴルフバックの中身は、スコップじゃなくてこれだったって事か。そして一発目がオレの背中狙いだった事を考えれば、これが脅しでないことは明白だ。
 大寺さん、いや大寺が、銃をオレに向け直して舌打ちした。
「ったく兎みたいにすばしっこいね。ほら、さっさと立って手をあげな。そっちの二人もだよ!」
 安藤さんと猫田も、のろのろと立ち上がった。安藤さんが手を頭の後ろで組んだ。顔の色がみるみるあせている。大寺を見つめたまま、うめくように言った。
「叔母さん、これは一体――」
 大寺が銃口を甥に向けた。安藤さんが反射的に手を高く上げる。
「いいかい、光雄。じいさんはあんたに暗号の書かれた手紙を渡した。ってことは、そん中に入ってるのも遺産をあんたに託す遺言書か、中に入ってるものがあんた宛のものになってるか。どっちにしろあんたが得するようになってるはずだ。じいさんはよっぽどあんたを気にいってたからね。あの人がいくら貯め込んでたか知らないけど、こんな手の込んだことするからには相当額の話がそん中にはあるだろうね」
「つまり、ここで僕たち全員を撃ち殺して、宝箱の中のものをいただいて逃げるつもりなんだね」
聞きなれた人間でないと、誰の声か分からなかっただろう。猫田からいつものふやけた空気が消えていた。手は下ろしたままで、細い目がじっと大寺を見ている。
 大寺が猫田を見て、警戒したように目を細めた。
「あんた、何か企んでるつもりかい? もし何かあったらあんたを真っ先に撃つよ」
 その低い声に、猫田はふわああ、と間の抜けた悲鳴(?)を上げながら手を上げた。さっきの張り詰めた空気が一気に緩む。
「な、何にも企んでないですっ。僕がやるのは、謎を解くこと。犯人逮捕は香刑事(けーじ)の仕事だから!」
 って、この状況でオレに振るのかよ!
 それを聞いた大寺の視線と銃口が、再びオレの方を向いた。「猫田、お前!」と心の中で毒づきながら、オレは数歩後ずさる。大寺がオレが後ずさった分だけ近づいてくる。
 不意に足が滑った。バランスを戻しながら振り向くと、ちょうど湿った土のかけらが、遠い地面に落ちていく所だった。背水ならぬ背崖の陣。
 これ以上後ろに下がれなくなったオレに、大寺が猟銃を構えて近づいて来た。銃口がオレの胸に当てられる。まだかすかに熱い鉄の感触が、肌にまで伝わってきた。
「じゃ、探偵さんのご忠告通り、あんたから始末するかね。崖から落ちるのと撃たれるのとどっちがいい?」
 オレはゆっくりと息をついて、わずかな足場を踏みしめた。
「第三の選択で」
 そして目の前にある猟銃を両手でつかみ、ひねって大寺の手から奪う。銃を振り上げて、大寺の側頭部を横なぐりに打った。ちょうど「4」の字でも描くような動きだ。
 大寺はオレを脅した時のままの表情で、その場に仰向けに倒れ込んだ。よし、完璧。きれいに伸びている。さすがに崖っぷちじゃ、手加減とか気絶未満とか言ってられないからな。
 オレは猟銃を肩に担ぐと、大寺の体を踏み越えて猫田達の方へ戻った。
 猫田がのほほんとした顔で拍手している。
「さっすが香~。香に細くて長いもの突きつけた時点で、犯人の負け決定だったね~」
 オレは銃で猫田の頭をこつんと叩いた。
「幼馴染に銃向けるよう仕向けといて、言う台詞がそれか。オレが銃奪う前に撃たれたらどうするつもりだったんだよ」
「いやぁ、香が喧嘩で負けるはずないから~」
「お前、今のは喧嘩と違うだろ……。まあオレもこんなど田舎で死ぬ気無かったけど」
 気付くと、オレ達の会話を横で聞いていた安藤さんが、目を輝かせていた。
「あんな状況下でも落ち着いて行動できるなんて……さすがはプロですね!」
 ああもう、そんな熱い目で見るな、うっとうしい! ただでさえ無駄な運動して熱いってのに! 早いとこ箱と犯人担いで山降りるぞ!


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最終更新:2011年10月17日 17:46