見えざる遺産 3*大町星雨

二 刑事

 小野山は安藤さんの実家の裏にある小高い山だ。昔は炭焼きの薪を取っていたそうだが、今はほとんど入る人もなく、細いけもの道が名残として残っているだけである。
 ――と、何でオレがこんなに詳しい知識を持っているのか。
 それは今オレが口の中で悪態をつきつつ小野山を登っているからに他ならない。
 何度目かに濡れた地面に足を滑らせ、オレは慌てて体制を立て直しながら舌打ちした。昨日の雨のせいで、地面はどろどろにぬかるんでいる。
くそ、これだから夏は、特に登山は嫌いなんだ!
バランスを取れないからではない。このぬかるみを踏んだ時のぐちょっという感触と靴やズボンについてくる泥が嫌いだからだ。都会よりは涼しいが、歩いてるとじんわり汗をかいてくる。
オレの歩く先には二人いる。一人は安藤さんの叔母で、この山を管理している大寺さん。五十歳ということだが、白髪の混じりだした頭がひょいひょいと先頭を動いていく。自分の分のスコップをゴルフバックに入れて、軽々と担いでいる。
二番目を安藤さん。ちょっとしんどそうだが、まだ足取りはしっかりしている。
その後ろがオレ。さっきから「大丈夫ですか?」「あまり無理しない方が……」という安藤さんの声に「問題ありません!」と即答している。
「やっぱり、叔母さんはともかく、大君さんは家でお待ちになっていた方がよかったのでは」
「大・丈・夫ですからっ!」
全く、体つきもそこまで弱弱しく見えるとは思えないのに、どうしてここまで心配するんだよ!オレはこういうのが嫌いなんだ!
そんなオレの後、最後に来るのが――。
「待っ、て~。一、回、休、もう、よ~」
 息も絶え絶えに登ってくる猫田だ。さっきオレが猫田の分の荷物も背負ってやったのに、木の棒を杖にして、今にもぶっ倒れそうだ。毎日ソファでごろ寝してたつけだ。急こう配の坂を、ほとんど四つん這いになって歩いている。
「全く若いのに体力ないね。もうちょっとで頂上だから、ほれ歩け!」
 大寺さんが激しく腕を振って猫田を叱咤激励した。猫田があう~、と情けない声を出す。
 やがて視界が開けた。頂上に着いたらしい。
 最初に目についたのが、小さな空き地の中心にそびえる杉の木だった。樹齢はざっと百年は超えていそうだ。オレ達四人が手をつないで周りを囲んで、ちょうどぎりぎり位だろうか。手紙に書いてあった杉の木というのは、こいつで間違いないだろう。
「あそこ、ほり返したような跡があります!」
 安藤さんが木の根元を指差した。なるほど、確かに他に比べて土が柔らかく、盛り上がっている。
「私が掘りましょう」
 オレはリュックを下ろして、手に提げていたスコップを握り直した。思ったより掘り返してる範囲は少ない。小さな箱が埋まってる程度だろう。オレだけで十分だ。
 大寺さんは自分が掘りたそうだったが、ゴルフバッグを手に黙って頷いた。安藤さんもオレの横で見守る。猫田は……安藤さんの反対側で、オレの作業には目もくれず木にぐたーっと寄り掛かって水をぐびぐび飲んでいる。本っ当に頭以外の話になると頼りにならん!
 オレはざくざくと順調に土を掘り返していく。最近掘られたばかりの場所らしく、スコップを突きたてるのも楽だ。しかし、もうすぐ寿命のじいさんがこんな山の天辺まで登ってきて遺産を埋めていくとは、どういう酔狂だ。
 カチンと、スコップの先が固いものに当たった。その場の空気が(一人を除いて)張り詰める。オレはスコップを横に置いて、手で土を掻きわけた。
 やがて、木箱が姿を現した。大きさは、ちょうど菓子折位。と言うか、菓子折りの箱そのままだ。それに鎖を巻いて南京錠をしてあるんだから、なんだか場違いだ。
「これが、祖父の残した遺産……」
 安藤さんと大寺さんがほうっと息をつく。オレも、何だか心拍数が上がったような気がする。
 猫田は汗だくの顔でちらっと箱を見て、ふうんと声を漏らした。
「ふうんって、ちょっと探偵さん! せっかく遺産が見つかったというのに、その反応はなんなんだい!」
 大寺さんが腕を振り回して、見ているだけで暑苦しくなるような抗議をした。猫田は首のタオルでぷふーと顔の汗を拭いて答える。
「いや、遺産って言うからにはこう抱えんばかりの、重たそうなふたのついたやつかと……」
 猫田がふにゃふにゃした手つきでこんなの、と表現する。……そんな典型的な「宝箱」が埋まってる訳、あるかっ!


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最終更新:2011年10月17日 17:45