6月13日 リレー小説

雷華のターン

「おーぷんせさみ!」

 魔法の言葉を叫んで、美紀は手を高々と掲げた。指輪が不思議に発光して少女を包み込む。

「開けゴマ!」

同じ意味の言葉を叫ぶこちらは男子。美紀の昔からの友人で、今じゃ一緒に戦う仲間である達之だ。

 数瞬ののちにはそこにはフリル過多の白い衣装と、黒のタキシードを纏った少年少女が立っていた、
「あくの化身なんてほっとかっぷるによって成敗されるべし!」
 のりのりで美紀が言う。手に持った白のブーケをつきつけているが、はっきり言って迫力が今ひとつである。
「僕らの恋路の邪魔はさせないよ!」
ステッキをつきつけて達之も言うが、やはり迫力は足りない。なにせ、どう見ても結婚式ごっこをしている子供二人なのだ。
 だから敵さんもなかなかやりにくいらしい。
「まさか、噂のピンキーズか……。ゴホン。うるさい!われら悪の組織のじゃまはさせぬわ!」
 真に迫らない宣言である。

 最近現れた悪の組織とやらは、丁度十年前に発見された異界の扉の向こうから新しいエネルギーを取り込み、それを自らの人体に注入することで、ひどく強い力を身に付けた集団である。
 世にもありがちな世界征服とかいう目標を掲げ、世界を蹂躙しようとしている。
 名目だけはまるでお話の世界でも、実際にやることはあくどく現実である。
 資金調達と称して銀行強盗を行う。
 姿は透明。力は強く、指紋も残らない。そんな亜人が強盗を行うのだ。やみくもに銃を撃てば仲間に当たるし、だからと言って素手で組みかかれば逆に首を折られる。
 既に犠牲者の数は三桁を超えている。さらに言うなら被害額は一兆にも上った。
 それを重く見たのは異界の住人たちであった。
 エネルギーの悪用は彼らにとっても望ましくない事態であったらしい。そういうわけで彼らはこちらの世界の各地で10代前半の少年少女たちに力を貸し与え、その子らの想像する最も素敵な姿をとらせることによって、マイナスの思考を媒介にはびこる異界の力をこの世界から排除しようとしているのである。

 この二人もそんな経緯に巻き込まれて、ピンキーズになるはめになった。
 小学校の帰り道、夕日が鮮やかな橋の上で一世一代の達之の告白のシーンに突如現れた謎の手のひらサイズの猫のような生物に、『きみたちは選ばれた!』とかなんとかいわれて毎夜家を抜け出してはこんなことをすることになったのだ。

「噂には聞いていたけれど、ここまでかわいらしいとは……。萌え(ポッ)」
「この変態!スケベ!死ね!」
「殺しちゃまずいよ。証言とれないもの。」
 子どもらしからぬ過激発言の主は美紀。いさめる達之の言葉も決しておとなしいとは言えない。苦笑いである。

「とりあえず、この花弁の舞でもうけなさい!」
 ブーケを大きく振り回す。花束の根元を縛っていた白いリボンが風を巻き起こし、ブーケの花弁を散らした。花弁が鋭利な刃となっていわゆる悪人面を通り越して凶悪な獣の顔となった敵を切り裂く。
 白いワイシャツの残骸を人間にあり得ないほど発達しすぎた筋肉の上に残した悪の組織の一員は、腕を交差させて顔を守る。
 攻撃の隙間を縫って飛びかかろうと、隙を窺っているのだ。
 「そうはさせない!」
 達之がステッキをビリヤードのキューのように構えて突いた。衝撃波が発射され、飛びかかろうとした敵を地にうちつける。
「とどめ!」
「うん!」
左手と左手をあわせて一言
「らぶしゃわー!」
発射されたピンクの光線が敵をうちぬき、その残光がやんだ後には見るのも悲しい痩せた男が倒れていた。


星雨のターン☆
「にゃんこは敵のじゅーよーな幹部だって言ってたけど、案外あっけなかったね~」
 のんきに言いながら、美紀はせっせと男を縄でぐるぐる巻きにする。先ほどの必殺技で力を失った男は、衰弱状態で、抵抗する気力も無い。
「おまけに私に向かって変態発言ぶっぱなすし。ほんっと最悪!」
「そりゃあ、ウェディングドレスとタキシードで目の前現れたら誰だって戸惑うって」
 達之は苦笑しながら、今まで倒してきた敵のことを思い返していた。自分たちが今まで成果を上げてきたのは、この格好を見た敵に隙ができること、そして自分たちが見かけによらず強い、ということのおかげなのだ。
「告白シーンでなければ、こんな衣装になることも無かったと思うんだけどな……」
 達之のつぶやきは、美紀にスル―された。この力を得たおかげでヒーロー気分の美紀と毎晩一緒にいられるのは幸せだけど――とはさすがに口に出さない達之である。
 うう、とうめき声を上げながら、男が目を開けた。
「ようやく話ができるようになったわね」
 美紀が腰に手を当てて、す巻き状態の男を見下ろした。
 男の唇が動く。
「さっきの愛の一撃、効いたぜ……。今度はゴスロリ姿も見てみたフゴッ」
 途中で言葉が途切れたのは、美紀の回し蹴りが男の横頭部に決まったからである。それを見て、達之はやれやれと頭を振った。
「このおっさん、まだ懲りてないわけ!? 分かったわそれじゃあ生身のあんたにもう一発――」
「まあ美紀落ち着いて。相手は悪の組織の一員なんだから。そう簡単に改心するようなやつじゃないって」
 達之がなだめると。
「それもそうね」
 美紀はあっさりうなずいた。こうして戦士になる前から、「正義のヒーロー」というやつが好きなのだ。いわゆるヒーロー論を持ち出せば案外簡単におとなしくなる。
 達之は美紀に代わって男の前に立った。顔がきりりと厳しくなる。
「教えてもらおうか。お前らのボスはどこにいる!」
「へっ、聞いてどうする気だ」
 さっきの達之の言葉ではないが、王道的に往生際の悪い奴である。
「決まってる。倒しに行くんだ」
 そう言ってやると、男はぜいぜい言うのどの許す限りで笑い始めた。
「何がおかしいのよ!」
 美紀がむっとして言う。
 男は笑いをこらえながら答えた。
「お前らみたいな即席ヒーローなんざにうちの首領がかなうはずないってことさ。まあ、教えてやるから行ってみるがいい」
 そう言って男はある廃工場の住所を告げた。どうやらその地下に敵の本拠地、異界の力を取り込む扉と敵の首領がいるらしい。
「よし、早速乗り込むわよ!」
 今にも駆け出しそうな美紀を、達之があわてて止めた。
「駄目だよ、もうすぐ夜が明けるし、今日は家に帰らないと」
「ラスボスが目の前にいるのよ!? ここで一旦帰れっていうの!?」
「でも、マルにもこのことを言わないと」
「にゃんこのことなんか後でいいでしょ!?」
「にゃんこと言うなといっとろうが!」
 二人の会話に手のひらサイズの猫が割り込んできた。達之の頭の上に着地する。見た目は可愛いのだが。
「わしの名はマルティス! せめてマルと呼べい!」
「ヤダって言ってるでしょ! 名前くらい可愛い呼び方してもいいじゃない!」
 口調がジジ臭いのが玉に傷である。


替え玉のターン?
「おほん。……まあ、今行っても返り討ちになるだけだからのう。力も回復させにゃあならん」
「そんなの……」
「ね、やっぱり止めとこう」
「……しょうがないわね」
美紀はしぶしぶといった様子で頷いた。
二人と一匹はその場から飛び去ってゆく。
崩れていく男の顔には笑みが浮かんでいた。

深夜に二人は廃工場に向かった。
「どっせーい!」
昨日のフラストレーションをぶつけるかのように、美紀は扉を蹴り破る。
「なあ、ここって本拠地なんだよな」
達之が不安げに呟く。
「なんかもっと、敵がいるもんじゃない?」
ヒーロー物の最終回付近では、敵も味方も総力を上げて戦うはずだ。なのに、誰もいない。
こうやって扉をぶち破っても静寂が返ってくるだけ。いつもなら馬鹿笑いやら鳴き声の一つでも返ってきていいはずである。
強化された筈の感覚でも、何も異常が見当たらない。
「きっと、わたしたちに恐れをなして逃げ出したのよ」
はあ、と美紀は溜息をついた。
「もっと、大暴れできると思ったのにな」
 不満げに肩をいからせる。
「もう、一体どうなってんのよ!」
ひゅっと、奇妙な音がした。
 達之と美紀は振り返る。
 夕暮れのターン

 ゴツンッという音を聞いた時、達之は目の前に星が瞬くのを見た。と思うとすぐに星は光を失い、目の前が暗くなって行くのを感じながら、達之は意識を失った。
 一面全くの闇だ、薄眼を開けながら達之は思った。自分の見ているものが廃工場の中なのか、それともどこか他の景色なのか。背中から伝わってくる冷たいコンクリートの感触に、ここが野外でないことだけを彼は理解した。暗闇の中で、彼は色々なことを考えた。美紀はどうしただろう、初めに思ったのはそのことだった。美紀と、そしてマルと、二人はどこへ行ってしまったのか、無事なのか、考えても分かるはずの無いことも、暗闇の中では考えないわけにはいかなかった。


 小豆のターン

 美紀が叫ぶ。
「ダ、ダーリン!」
「達之!」
 マルも叫んだ。
 怪人に殴られた達之が倒れ伏す。ピクリとも動かない。
「ダーリン死んじゃやだよ、死んじゃやだよう!」
 美紀は真っ先に達之にかけ寄り、揺さぶった。しかし達之は、なされるがままにグラグラと頭を揺らすだけだった。
 マルは魔法の力で美紀を達之から引っぺがす。
「や、やめよ! 脳震盪を起こした者を揺さぶってはならぬ。安静にさせるのじゃ、安静第一じゃぞ」
「グスッ、ダーリンが……ダーリンが……」
 廃工場に少女の鳴き声と嗚咽が響く。それに重ねるように、下品で耳触りな嘲笑が聞こえ始めた。
 ──ガッハッハッハー!
 常に動きまわっているかのように、あちこちから声が聞こえてくる。
「ピンキーズと言えども、やはりガキ! こんなにも簡単に罠にかかるとはな!」
 マルが毛を逆立てて歯をむき出しにする。
「ひきょう者め、恥を知れ!」
──褒め言葉だな、痛くもかゆくもないわ!
「姿を見せよ!」
──それもそうだな。とくと絶望するがいい!
同時に、ピンキーズとマルを囲むようにして怪人たちが姿を現した。その数は十を軽く超えている。
その中に、一際巨大で、一際まがまがしい怪人の姿があった。
「俺が首領のトウゾー=クノオ・ヤカタだ。宿敵ピンキーズとにゃんこよ! お前たちが倒した怪人は12、だがまだ配下には、28もの猛者がいる。ここにいるのは全兵力! これで我々の勝ちは決まったなぁ! 戦略が大事なのだぁ、戦略がなぁ!! かかれぇものども!」
トウゾーが腕を振って指示を出した。しかし動く怪人は一人もいなかった。
「ど、どうした野郎ども! 宿敵ピンキーズだぞ! 今こそタマとってまえや!」
 それでも静まりかえっている部下たち。その中の一人が、トウゾーの前に進み出て言った。
「首領! 俺、あんたを見損ないました!」
「な、なにぃ!?」
「あ、あんな萌え萌えでかわいらしいピンキーズを、あんな手でやっつけようなんて、あんたに悪役の矜持ってものはないんですか! それでも悪役ですか! 根性無し!」
「バカ者ぉ! このままやられ続ける方が悪役としてダメだろうがぁ! やつらを倒して悪役の誇りを取り戻すのだあ!」
「うそつけぇ! そんなのは悪役っていわねぇ! 小悪党って言うんだよ猿山のボス気どりがぁ!」
「そうだそうだー!」
「その通りだー!」
「ふざけんなー!」
「えぇぃ、言うことを聞かんかー!」
 トウゾーが一人の怪人を殴る。怪人が「殴ったね!?」と言ったのを皮切りに、ピンキーズを囲んでいた怪人が一斉に、主であったトウゾーに躍りかかった。たちまちのうちに廃工場で大乱闘が起こった。
 その時、澄み渡るような声が響き渡った。
「私たちをわすれんじゃないわよ! 行くわよ、ダーリン!」
「うん、行くよ、ハニー!」
「「えたーなるじゃすてぃすこすもさいこきねしすはかいこうせんらぶしゃわー!」」
「ぐわー!」
 らぶぱわーが廃工場を吹き飛ばす。怪人たちは未曽有のらぶぱわーを前に次々と浄化されていき、消え去った。
 ここに、トウゾー=クノオ・ヤカタに率いられた四十人の怪人たちは、全滅したのである。
「ふぅ、回復が間に合ってよかったわい」
 マルがしたり顔で、額の汗を拭いていた。

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最終更新:2011年06月20日 15:15