桜の呼ぶ

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桜の呼ぶ (一題「桜」 4月第二回提出作品)



「ああ、良い天気でございます。しんとしみる、桜の散るのが良く似合う天気であります」
 舞台の中央、桜の古木の太い枝に座った人間にスポットが一筋射している。白の照明に、絶えまなく花弁がちらつく。バックライトが青色にゆらゆらと深海のような雰囲気を漂わせている。
「古来、桜のとは儚い物のたとえとして扱われ。それはそう、まるであなたたち人間と同じように。日本に書かれる文字にあるように、人の夢とは儚いものなのです。咲いて数日このように消えゆく桜のように」
 一条の光は照明であるが、あるいはまるで雲の隙間から差す月の満ちた光かとも見える。
「人の儚いとは夢ばかりか。人はとめどなく溢れる夢を散らせるにとどまらず、そのただ一つの命さえいともたやすく夢か桜かのように散らせてしまう」
 ああ、と溜息をつき袂を目に当て、大きな動きで目元を抑える。
 しかしその口元は冷たく笑っている。
「おかげで。そのおかげで私は美しく咲ける」
 笑顔を隠すこともなく素早く大きな動きで袖を返して、右手を幹の根元に向ける。
「あれをごらんなさい。桜と人は引きあうものなのです。安定を失った人間は、桜に呼び寄せられるのです。私が呼んでいるわけじゃありませんけれども、あちらからよってきていただけるなら随分と有難いことでもあります」
 枝に座った人のセリフの間に、徐々に明るくなる白のスポットに照らされ、木の根元、幹の一部と見えていた瘤が、白い顔を照明に向け、木の色に似たぼろをまとった男性と解る。
「知っていますか? 桜にまつわる話には、人の血が必要なのです。桜の下に首が埋まっています。桜のなかには人が眠っています。桜が長く生きるには、人が必要なのです。そんな話が他のどの木より多いのです。ほら、そこでもまた一つ」
「ああ! いとよ! お前は何故奴を求めた! 俺はいらないというのか」
 両腕を高く月に伸ばして、悲痛に男は叫ぶ。
「いと、俺のいと! 俺に愛を語らない口で、誰に愛を語ると言うのだ。俺を見ることの無いその目で、誰を見ると言うのだ! 」
 見開かれた瞳が、白い光を反射して、光る。
 男は拳を膝に叩きつけて歯ぎしりを交えながら、じょじょに苛立ちを高まらせていく。
「あの腕は俺の物だ。あの髪は俺の物だ。あれは俺の物なのだ! 奴にくれてやるものか。いとは俺の女だ」
「俺の物でなければならないのだ。俺の元に無いのなら、俺が取り戻さなければならないのだ」
「奴が邪魔なら奴はいらない。俺が俺の物を所有して何が悪いというのだ。俺は何一つ間違っていない。ああそうだとも。俺はいとを所有するものなのだ。いとを思い通りにすればいいのだ。俺の元からいとを奪ったのだ。奴の元からいとを奪い返してやればいい! どんな手を使ってでもだ!」
 言い続ける激しいしぐさをそのままに、音量を落とし、桜のセリフをかぶせる。
「おやおや、良い具合です。今年の花には赤色が足りないと思っていたものですから、丁度いい。きっと良い色をくれます。ほら、今にも」
 思いつめた様子で立ち上がり、後ろ手に刀を掴み着物の裾を蹴立てて下手に走って退場。
「行ってらっしゃいませ。お帰りお待ちしております」
 冗談めいた冷たい頬笑みのままひらひらと手を振り、照明が絞られて消える。

 あらい息遣い。女性の悲鳴。無地の質素な着物をまとった女性が、後ろを気にしながら、追い立てられるように上手から現れる。
「おやめくださいませ! 松吉さま! 」
「何を言う。お前は俺のものだろう。俺に逆らう事は許さないと言ったのに、聞かなかったのはお前だ」
 いとを追って、上手から登場するにあわせ、枝の上で桜の精が手を叩いて喜ぶ。
「良い感じに役者がそろってきましたよ。ほら、もうすぐお待ちかねの見世物です! 」
 いとは更に逃げようとして桜の正面を通り過ぎようとして躓き、背後の松吉からはいずってでも逃げようとするが、手足が震えて動けない。松吉はその正面に迫り、無表情でいとを見下ろす。
「なぜおれをそんな目で見るのだ。なぜそんなに恐ろしいものを見る目で俺を見るのだ」
「あ、あなたが恐ろしいのです」
「なに」
「あなたの顔が恐ろしいのです。まるで鬼のような顔がおそろしいのです! あなたは鬼です! 」
「何だと」
 衝動的に松吉は左手に持っていた刀を抜きはらい、鞘を投げ捨て、上段に構え、わずか逡巡ののち、袈裟に切りおろした。
「ああ! 」
 切られた瞬間背景のが赤に変わる。
 悲鳴をあげ、痛みに悶えあえぐ姿を淡々と見下す松吉。苦しみはしばらく続き、段々と狂気じみていた松吉の表情が穏やかになって行く。同時に、照明の色が青に戻って行く。
「これで、よかったのだ。これで、いとは俺の物になったのだ」
 動かなくなったいとの横に膝をついて、肩を抱く松吉。その目が重い深気にとじられる。
「冷たいな。いと。お前はいつからこんなに冷たくなったんだ」
 目を細め、開き、懐から小刀を取り出し、ゆっくりと、鞘を抜く。
 しばらく刃を見つめ、目を見開いて瞬間に逆手に持ちかえ、カタカタと震える右手を左手で抑えるように握り締めて、一息に自らの喉を突いた。
 再び赤に変わる照明。絞られる白のスポット。
 舞台の上にはまた最初と同じように、枝に座った桜の精だけが白く浮かび上がっている。その化粧は白塗りからいくらか赤みが増している。
「良い具合でした。私の寿命がいくら延びたことか。ほうら見てごらんなさい。花弁にいくらか朱が差したでしょう。この二人の流した悲壮な血が、移ったのです。ほうら、美しい」
 花弁を受けるように手のひらを広げ、無邪気に笑う。
「それにしても良い色です。人間のおかげですねえ。この花が散る後三日。存分に人々の目を楽しませるのでしょう、その二人の命が。おや、夜が明けてくるみたいです」
 バックライト青から紫がかりはじめる。
「それじゃあ、また次の機会に。私はもう休みますからね」
 手を振って枝に立ち、木の裏に回って消える。朝が来るように明るくなる照明。倒れていたはずの二人の姿は無い。










         幕