こえをきくもの 第三章 7*師走ハツヒト

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 次の日、罰として『酔いどれ海精』の掃除を言いつけられたファルセットを残し、二人は昨日ラシークに言われた店「キーツフィーブ」に出向いた。
 その途中、
「おや、ひょっとしてエルガーツか?」
 呼びとめる声があった。振り返ると、旅の傭兵らしき男が立っていた。エルガーツよりは少し年上だろうか。ネトシルには見覚えのない顔だったが、エルガーツは表情を明るくした。
「あ、お前か! 久しぶりだな! 元気だったか?」
「お前こそ!」
 再会に肩を叩き合う彼らを後目に、「長くなるようなら先に行くからな」と言い残してさっさとネトシルは行ってしまった。足取りはぐらついていたが。
「元気そうで何よりだ」
「お陰さまで。まぁ、変な女と同行する事になって毎日大変だけど」
「退屈するよりいいじゃないか」
 そう言って、男は笑ってエルガーツの背を強く叩いた。勢いでエルガーツが咳込む。
「って!」
「おぉすまんすまん。ところで、頼まれてた件だが」
 笑みを消して冷静な顔になり、声を低める。
「見つけたぞ。確かに言われてた通りの見た目だったから、恐らくは」
「本当か!?」
 ばね仕掛けのように振り返った。目は睨むように見開かれ、掴みかかりさえしかねない勢いだった。
「落ち着け。恐らく、と言っただろう。お前じゃないのだから、絶対の保証はできん」
「それでもいい、なぁ、どこで見たんだ!?」
「お前の探しているものは……ロットセロックに」
「ロットセロックか。思ったより遠いな」
 自治領ロットセロックは、この街から山を越えてさらに向こうだ。
「それでも、行くのだろう」
「あぁ、勿論」
「そう言うと思った」
 エルガーツは、深々と頭を下げた。
「ありがとう。本当に感謝する」
「構わんよ。無事見つかったら、酒でも奢ってくれ」
「ああ、必ず」
 手をひらひらと振りながら、男は去って行った。
「そう、必ず……必ず見つけ出してみせる」
 エルガーツは独り、ひっそりと拳を握りしめた。

「おう、いらっしゃい! 待ってたよ英雄さん方! ラシークさんもお待ちかねだ、さぁ、あっちのテーブルに掛けてくれ!」
 よく日に焼けた威勢の良い店主が太陽のような笑顔で出迎えた。勧めに従い、店の中央の席につく。既にオードブルが所狭しとテーブルの上に並んでいる。どれも美味しそうな匂いを放っていた。ネトシルの腹が鳴った。
「こんにちは、おいで頂きありがとうございます」
「こちらこそ、お招き感謝する」
 言いながら、宿を出るまで死んでいた目を輝かせてネトシルが席につく。
「お代は結構だ! あんだけ大量の肉をタダでもらったんだからな! じゃんじゃん食ってくれ!」
 辺境ではまだラーグノムの肉は狂獣の肉として食べるのを忌む所があるが、街ではそれを迷信として一蹴し、獲れた時は食べる事が多い。煮てほぐした肉と野菜を固めた料理をさらにテーブルに載せて、店主がネトシルとエルガーツの肩を叩く。
「ホントですか!? じゃ、お言葉に甘えて、頂きます!」
 と言うが早いか、いや言ったのはエルガーツだったのだが、ネトシルががっついた。上品にナイフとフォークを扱って食べるが故に、あまり進まないラシークをよそに、物凄い勢いで野菜と言わず肉と言わず平らげていく。
「おぉ、ねーちゃんいい食べっぷりだね!」
 次から次へと湯気の立つ皿を運んでくる店主も、その速度には驚くばかりだった。
「ところで……」
 食事がそこそこ進んだ所で、ラシークが手を止めて声をかけた。
「あなた方は、この街に住む方ではないようですね。初めてお目にかかりましたし」
「違う」
 短く答え、ネトシルは食事を続行した。
「えと、オレ達は目的があって旅してまして。で、その街には情報を集めようと思って立ち寄ったんです」
 ネトシルがそれ以上会話を勧める気がなさそうなので、自然とエルガーツが補足する羽目になった。
「目的?」
「ラーグノムを救う事だ」
 もぐもぐごくんと飲み下し、一言答えてはまたフォークを動かす。
「あー、えっと、いきなり突拍子もない話で申し訳ないんですけど、こいつ、おいネトシルそれ一切れ残してくれよまだ食ってないから! 失礼、こいつが獣の言葉分かるらしくて」
「へぇ、獣の言葉が」
 ラシークが興味がありそうな顔になり、心無しか身を乗り出す。
「で、こいつ曰く、ラーグノムは混ぜ物にされて苦しんでて。その苦しみから解き放つ方法は殺すしかないらしくって。それで、昨日も」
「なるほど、そういう事でしたか」
 合点がいったように、ラシークは頷いた。
「そういえば昨日、ラーグノムの骸に何かしていましたね。それも救う行為の一環ですか?」
「あれは、イヴィラを取る為だ」
「ちょ、残してって言っただろ! あ、何故かラーグノムの喉元に、イヴィラがある事が多いんで、それを取ってました。イヴィラ、金になるんで」
「あら、そうでしたの」
 上品に手を口許にやり、ふふっと笑った。優雅さを感じさせる慣れた所作だった。
「それで、この街ではどんな情報を集めようと?」
「ラーグノムに関する事だ。店主、これおかわり」
「おう!」
「お前、タダなんだから遠慮くらいしろよ……えっと、救うって決心したものの、ラーグノムの事あんまり知らなくて……何か少しでも分かればいいなって。あれはどうやって出来たのか。作っているものがいるとしたら、誰が何の為に作ったのか。昨日あの後、イヴィラを売りに行った時に、どこかの団体がイヴィラを集めているって事が分かったんです。でも、その団体が何かは分からなくって」
「それなら、知っていますわ」
 肘をつき、顔の前で手を組んだラシークが、唇の端を持ち上げて言った。目をすっと細める。
「本当か?」
 ネトシルが顔を上げる。
「えぇ」
 エルガーツも身を乗り出した。
「それは、一体何なんです?」
 笑みが深くなる。細めた目の底は、何か剣呑な光を湛えていた。
「ノイターン王室です」



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