コーヒーなんざ飲めるか!*大町星雨

「コーヒーといえば大人の飲み物の代名詞と言ってもいい。だが俺に言わせれば、匂いは良くても、大人ってのはまあ、よくあの黒くて苦い液体をがぶがぶ飲めるものだ!」
 土曜日の雨の昼下がり、大学生である俺のアパート。机に置かれた缶コーヒーを前に、友達の順平が熱く語っていた。俺はその向かいにかしこまって正坐して、順平の言葉を(少なくとも見た目は)神妙に聞いている。
 順平は缶コーヒーを突きながら続ける。
「飲もうとする気持ちは分からなくもない。コーヒーに含まれているカフェインが頭を活性化させてくれて、作業効率が上がるのは事実だからな。だがなぜ苦いものを苦いまま飲む必要がある! あのチョコレートなんか元は苦くて苦くて口にできるようなものじゃなかった。それを砂糖やミルクを入れてあれだけ甘くて愛される食べ物にしたんだ。同じ事がなぜコーヒーにはできないんだ!」
「コーヒーにもラテとかカフェオレとかにして飲む方法があるじゃないか」
「それは店や家で入れる時の話だ!」
 俺が言葉の合間に挟んだ意見は、俺に突きつけられた順平の指と共に遮られた。
「入れたてを飲もうとする時は例えブラックで入れたとしても、後で砂糖でもミルクでもガムシロップでも、好きなものを入れて、調節して飲める。だが缶コーヒーは違う!」
 順平がドンと机を叩くと、缶コーヒーが揺れてかたかたと音を立てた。そのラベルには「無糖」と書かれている。
「缶コーヒーは買ってしまったら最後、味を調節できない! 缶の口から砂糖やミルクを入れても、かき混ぜられず底に溜まるのがオチだ。全く、個人の好みというものを無視しているとしか思えない!」
「コップを用意して、そこに入れかえてから砂糖なんかを入れたらいいじゃないか」
「その家の住人が根っからのブラック好きで、砂糖もミルクも置いてないような家じゃそれもできないだろ!」
 順平がまた机を叩くと、今度は脇に避けてあったオセロの駒がぶつかって、高い音を立てた。
 順平はずっとしゃべって息切れしたらしく、やっと黙って荒い息をついていた。
 俺はそれを見計らって缶コーヒーを順平の方に押して滑らせた。
「じゃあ疲れてのども渇いた所で、言い訳するのはやめて、大人しく缶コーヒーを飲んだらどうだい? 負けた方が勝った方の買ってきた飲み物を飲む。そういう約束だっただろ」
 順平が恨めしげな目を向けてきた。俺はその目線を笑顔でかわしながら缶の口を開けてやる。ブラックコーヒーの香ばしい匂いがほんのりと広がった。
「ほら、飲んでみたらそう悪いものでもないって。これはいろんな会社の中でも一番まろやかな味なんだ」
 順平は俺の言葉にげんなりした顔をして、ゴミでもつまむような動作で缶コーヒーを手に取った。
息を大きく吸って、缶を大きく傾け、一気に飲む。それはもう、酒よりも早い勢いで無くなったんじゃないだろうか。
 順平は勢いよく空の缶を机に打ち付け、俺を睨んできた。
「もう一戦だ! 今度こそ勝ってお前に抹茶ソーダ・オレを飲ませてやる」
「ん。ではいきますか」
 俺は順平が飲み干した缶を他の二本(全部違う銘柄。ブラックコーヒー)の横に置くと、オセロ盤を机の真ん中に置き直した。













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最終更新:2011年10月17日 17:53