こえをきくもの 第三章 5*師走ハツヒト

 ネリエス達と唱和しながら最後の一節を歌い終わり、ニロドナムの最後の一音の余韻が消えた時、盛大な拍手が歌姫を押し包んだ。
 一礼をして次のネリエスと交代したファルセットは、舞台を降りてカウンター席に腰掛けていたエルガーツの隣へ座った。
 エルガーツがファルセットを改めて拍手で迎える。
「いやーすごかった! いや、なんていうか、ホントすごかった! すごかった!!」
「あったり前じゃないの! これでもプロなんだからね♪」
「プロってすごいんだな……」
 感動が大きすぎて言葉が飽和し、すごいとしか言えないエルガーツに、それでも嬉しそうにファルセットは胸を張った。
「にしても、オレなんかの所に来て大丈夫?」
「いーのいーの。せっかくネティの友達さんがいるんだから! ママ、『太陽と潮風』お願い、エルきゅんのおごりで♥」
「はいよ」
「え!?」
「えへへーいいでしょ?」
 ちゃっかり自分の分の飲み物を注文するファルセットだったが、舌をぺろりと出して上目遣いをする可憐な様子に、エルガーツは逆らえなかった。エルきゅんって何だろうという疑問は浮かんだ。
「そういえば、結局ネティがぐったりしてて訊けなかったんだけど」
「何?」
 綺麗な細工の杯に注がれた橙色の酒をアヴィドから受け取りながら、ファルセットが尋ねる。爽やかな果実の香りが、ふわりと漂った。
「何でニアトノームからこんな所まで? って、エルきゅんはニアトノーム出身じゃないっけ。どこ出身? どこで一緒になったの? 何で一緒にいるの? もしかしラ♥ヴ?」
「えっとえっと」
 身を乗り出しながら手でハートマークを作る歌姫は、とてもさっきまでそこで切々と歌っていた人間と同じとは思えなかった。一度に大量の質問をぶつけられ、エルガーツは狼狽する。
「ねね、どーなのそこんとこぉ」
「とりあえずそれはないと思う、お互いに」
「えぇー何でよぅ」
「何でって……その、単にオレはネトシルに協力してるだけで、そもそも、幼馴染の人の前でこんな事言うのもなんだけど、あんまり同じ種族として見てないっていうか」
「何それ、ひっどぉい」
 とは言いながらも、ファルセットはけらけらと笑った。
「でもまぁ……確かにねぇ」
「さっき協力って言ったけど、ネトシルは獣の声が聞こえるらしくってさ、それでラーグノムを救うとかでニアトノームを出て仲間を求めてて。オレも丁度仕事終わってやる事なかった所だったから、それで協力って事になったんだ」
「ラーグノムを救う? 今日倒してたよね?」
 今度はキョトンとする。ネトシルに比べて、なんて表情がくるくると変わる事だろう。
「ああ。ネトシルいわく、ラーグノムは混ざりものになって苦しみ続けてるんだそうだ。で、それを救う方法が殺すしかないらしい」
「ふーん、そうなんだぁ……それで今日あんなにあっさりやっつけてたのかぁ、なるほどね。でも、いきなり獣の声が聞けるとか言われて、びっくりしなかった?」
「したさ。でもなんか、納得できた」
「あっはは、そうかもね」
 また笑い、杯に口をつけた。杯に浮かべられた小さな葉が、左回りにくるりと回る。ふいに、遠い目をした。
「ねぇエルきゅん、人間って何だと思う?」
「え?」
 唐突な問いにエルガーツが返事できないでいると、ファルセットが続けた。
「あの子、たまに変な事言うでしょ。人間と獣の間だとか、どっちでもないとか。でも本当にあの子が人間から生まれた人間なのか、誰にも分からないの」
「それは、どういう……」
 おかしい所は多々あるが、見てくれだけは人間だと思っていた。エルガーツは意味が分からないという顔をした。
「あたしが七歳の時だったわ、あの子が村にやってきたのは。ガリガリに痩せて、汚くて。そして何より、人の言葉を話せなかった。
 あの子、山の中に住んでたの。獣と一緒にね」
「!?」
「人間の言葉を話せるようになる、ギリギリだったんじゃないかって話よ。もう少し遅かったら、一生そのままだったかもって。山で見つけて、村の人が連れて来て。みんなで育てようってなってからは、そりゃもう大変だったみたいよ。服を着せれば脱いじゃうし、ごはん食べる時手も使わないし。気に入らなければ暴れるし、赤ん坊の方がタチがいいくらいよ。何でそんな苦労してまで育てたのか分かんないけど。何の変哲もない山の中の村じゃん、そのくらいのドタバタがないとつまんなかったのかな」
 そこまで言って一息つき、また笑ったが、その笑い方は先程までのような明るさがなかった。
「そんな事、ありうるのか」
 にわかには信じられないという面持ちだった。
「現に、あたしはずっと見てきたんだもの。それで、なんとか普通の人間に見える所まで来たのは、何年経ってからかなぁ……本当んとこ、ネティの歳誰も知らないんだ。いつ生まれたのか分からないからね。親も知らないし。でも、よく一緒に遊んだわ。見た感じ、あたしと同じくらいだったから。子供って不思議よね。まだまだ人間っぽくなかった時でも、全然ふつうに遊んでた。遊ぶって言っても、あたしはいっつもいじめられてばっかりだったけど」
 舞台の上では軽快な曲が歌われていたが、ファルセットは合いの手を入れるのすら忘れていた。



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最終更新:2012年07月18日 17:24