The Fairy Tale Of The St. Rose School ―芽吹きの季節に― 4*雷華

「で、二人部屋ってつまり、どういうことなの?」
 確かに言われてみれば、同じ階の他の部屋は殆ど8人部屋だったようにも思える。
「もしかして、学校説明の冊子読んでないの?」
「読んだよ? 勉強内容とか、受験要項とか」
 つまり、入学に必要な内容しか読んでいないということである。
「それじゃ、秘密にしておきます」とアリスがいい、面白そうね、とセーラが乗った。
「それにしても、ほんと、綺麗ね、その黒い髪、彫りの浅い東洋の顔」
 釈然としない様子の愛和に、セーラが新しい話題を振る。
「そうですよね。黒は本当に魅力的な色です」
 愛和は今までそんなことを言われたことが全く無かったから、あまりピンとこなかったが、西洋の感覚ではそうなるらしい。
 肩をすくめ、ため息と共に一言
「想定外」←死語

 それを聞いた二人が笑い出す。何が面白かったのかわからなかった愛和も、なんとなくつられてほほえみ、気がつけば三人で大爆笑をしていた。
 隣室の人は一体何があったかと訝しんだことだろう。

 さて、笑いが収まると、セーラが壁にかかった時計を見て、二人に夕食に行くことを提案した。
 二人も大賛成であった。なにせ引越しに新しい友人に、いろいろあってとてもお腹が減っていたのだ。


 目を覚ますとまだカーテンの向こうは暗かった。けれどもうすっかり癖になってしまった六時間睡眠は、十分に疲れを癒していた。
 二段ベッドの下で寝るアリスを起こさないようにそっとはしごを降り、まだ解いていないダンボールの上に置いた母の写真におはよう、と微笑みかけ、トランクを開けてフランス語の本を取り出した。
 音を立てないようにそっと部屋の戸の横にある階段を上り、中二階のように作られたロフトに潜り込む。備え付けのスタンドを、光がもれないように向きを調整してから本を広げた。
 付箋が既に沢山貼られた本は日本じゃ大学でも使わないような専門書であるが、これから学校で習うであろうフランス語のレベルに比べればそう飛び抜けて高いわけでもない。

 やがて空がしらみ始めた頃に、もぞりとアリスが起き出してきた。
「あれ、アイナもう起きてるの?」
 ロフトから首を突き出しておはよう、と挨拶する。
「早いのね、アイナ」
「ええ、家じゃずっとこうだったから。あ、部屋の電気つけてもらえる? せっかく二人とも起きたし」
 部屋の中はまだ暗く、アリスが壁のスイッチをポチっと押すと、やっとアリスの顔がちゃんと見える。
「ところで、聞いてみたいことがあるんだけど」
「いいわよ、年齢? 国籍?」
 聞きたいことを先に言い当てられて、少し調子が狂った。
「えっと、両方かな」
 実際昨日から、同じ年とは思えないほど小さなアリスの姿に興味を持っていた。こちらでは跳級制度が一般的であるし、それかと思ったのだ。
「私は八才。修学した年はみんなと同じだけど、進学スピードは大体二倍だったのね。国籍はイタリア。母はイギリス人だから、母の母校の、この学校に入ったの」
「セントローズは跳級制度があってないような物だって聞いたけど、いいの?」
 それはこの学校のパンフレットにも大きく書かれている内容であった。それに、今までと同じ調子で進級できたなら、ひと桁の年齢で大学生にもなれるだろうに。
「いいのよ。私はいそいで進級したくて勉強してたんじゃないし、第一あんな速度で進級しても、周りと仲良くなってられないの。友達が出来た頃には学年変わっちゃうから」
「じゃあ、ずっと一緒に勉強できるんだね」
 嬉しそうに、愛和が言う。まだたったの一日も一緒に過ごしていないけれど、彼女との学校生活がどんなに楽しいものになるかを、愛和はあれこれ想像していたのだ。
「ええ。あなたか私が留年しなければね」
 冗談めかして言う。実際勉学が良く出来てこの学校に入った二人にとってはそれこそ冗談でしかない。
「そうね。そういえばイタリアなんだ、出身。それじゃあヴェネツィアとか?」
「そうそう。サン・マルコ広場の石のライオンとか有名よね」
 相手が話を振ってくれたことに嬉しそうにアリスは答えた。イタリアが大好きなのだろう。
 愛和は試しにイタリア語で話してみた。
「ローマと言えば何かしら、やっぱりバイクで二人乗り?」
「今は禁止されちゃったけど、スペイン階段でアイスクリームが好きだわ。あと、真実の口も外せない!」
 軽やかなイタリア語が返ってくる。
「イタリア語習い始めて短いの? 何か英語よりなめらかじゃないわね」
「わかる? 三年位しかやってなくて、日常会話くらいなら大丈夫なんだけど……。わからないところ教えてもらえるかしら」
「構わないわよ。フランス語は?」
 愛和が片手にもっていた本を見てアリスが聞く。
「もっと苦手なのよ」
 肩をすくめてみせる。この学校と決めてから勉強を始めたのだ、特に先生にも付くことなくテレビ講座以外はほとんど独学のようなもの。
「あら、必修なのに大変じゃない、よければ少しなら教えれるわよ」
 ヨーロッパの中の言語はあまり大きな差はないらしく、二ヶ国語以上を操る人も、日本以上におおいらしい。
 その代わり、とアリスが続ける。
「私に日本語を教えてくれる? せっかくルームメイトが日本人なんだもの。少しくらい覚えたいわ」
「よろこんで!」
 言いながらロフトを降りる。
 アリスの手をひょいと握って、よろしくね。と振った。
「こちらこそ」と手を握り返しながら、空いた片手で愛和の手にもった教科書を取り上げて見る。
「あら、ほんとに受験最低限しかやってなかったのね」
「ええ、入学のために勉強しただけだから。日本ではフランス語はあまり一般的でないし」
 少し考え込むようにして、アリスがひとつ頷く。
「大丈夫、だって愛和頭いいじゃない。充分いけるわ」

 愛和が手を解いて、冗談めかして深々と頭を下げる。
「先生、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくおねがいします」
 アリスがクスリと笑った。



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最終更新:2012年07月18日 14:55