The Fairy Tale Of The St. Rose School ―芽吹きの季節に― 2*雷華

 そうして入学許可も入寮許可も、奨学金もとれた。なんと優秀な成績に授業料減額どころではなく、免除が取れた。いわゆる奨学生である。
 さて、最後に必要なのは『親の許可』つまるところ一番最初に必要だったはずのもの。

「そういうわけだから、これとこれと、あとこれ。付箋貼ったところにサインをお願いします」
「なにこれ? 全部外国語じゃないの」
 英語である。
「こっちの二枚はセントローズセカンダリースクールの入寮許可と入学許可。あとこれはスカラシップの授与証」
「す、透かしラップ?」
「もともと透明なものを透かして何するの。スカラシップっていうのは奨学金制度を受ける権利のこと。麻美さんがこれにサインしてくれれば七年間の学費がタダになるのよ」
「たっ。タダだって!? どこの学校よそれ」
「書いてあるでしょ。セントローズセカンダリースクール」
 書類の一番上の当たりにある学校名を指し示してみせる。といってもどうせ英語など読めていないだろうが。
 だんだんと目が点になってくる義母に畳み掛けるように飽和攻撃を仕掛ける。必要なことを言わないのは反則で、あとで文句を言われても何も言えないが、情報を理解できないのは自分の責任ではない。とにかく彼女に、書類にサインをすることが彼女にとって有益であり、実際にサインを欠かせれば勝利なのだ。
 並みの大人より粘り強く、いけると思ったことに諦めない性格の愛和と、この母親ではもう力関係は決まっている。
「ど、どこにあるのよそのセントなんたらって」
「ケンブリッジの近くに」
「どこよそれ?」
「イングランド」
「……フランスとかそこらへん?」
「イギリスよ。フランスとは海を隔ててだいぶ遠くだわ」

 そろそろ理解が追いついていない。

「えっと、じゃあアメリカの近くかしら」
「あながち間違っていないけれど、距離にすれば五千キロ以上離れてるわよ」
「???」
「ま、簡単にいえばあなたがここにサインをして判を押せば七年間は私の養育費が半分以下になるわ。月々七万五千円、合計五百万位があなたのモノになるわよ」
 実際これは家の口座からまるでどこかの悪徳商法のようであるが、まぁ、目的のために手段を選んではいられないのだ。それに具体的な数値が絡むのはとても重要である。
 なぜなら。
「それだけ浮くのね。わかったわ」
 どれだけブランド物のバッグやアクセサリーをどれだけ買えるか試算したに違いない。金が絡むと思考能力が跳ね上がるのが彼女だ。生活能力は無いが。
 早くも棚からボールペンや判子を取り出す義母は、金が絡むと行動がとても早いのだ。

 こうして愛和は七年間の大半を家から、家事から離れて生活する権利を手にしたのであった。

 やがて八月のギラギラとした空を愛和が乗ったイギリス行きの飛行機が飛び立つ。


「それでは、アイナさん。楽しい学校生活を」
 入寮届けを提出し、事務室を後にする。今日は入学式の前日、八月三十一日である。
 セントローズは噂のとおり留学生が多く、事務室の外にはまだ順番を待つ多国籍な親子がたくさんいた。
 流石にしかし子供一人で順番を待つ人はほんのちらほらいる程度で、やっぱり少数であるのを見て、その子らはいったいどんな理由で一人並んでいるのだろうと考えてみたり。
 広い学校の敷地の中を地図を頼りに少し迷いそうになりながら割り当てられた部屋に向かう間にも、家族の付き添いの下で入寮するらしい人の姿が多く見える。
 ふと愛和は自分の両親が自分のために一緒にこの場に立つ姿を想像してみた。ありえなすぎて笑えた。父は子供のために仕事を休むことをよしとしないだろう。学校の知名度の高さと、進学実績をみて一も二も無く入学に同意したが、彼は義母が彼女に入学を進めたと思っている。子供はいたって普通で、家庭に関することはすべて義母がやっており、愛和は子供にしては手のかからない、お手伝いの好きな女の子と思っているに違いない。さて自分がいなくなったあの家は今頃どうなっているだろうか?
 部屋は四つの寮のなかでも北側にある建物の最上階、二人部屋であった。
 既に運び込まれている自分の荷物、トランク一つとダンボール箱二つの横をすり抜け、閉められていたカーテンを開き、ついでに窓も開け放つ。ロの字型の後者の真ん中には小さな庭が誂えられていて、カラフルに花が咲いていた。
しばらく茫として日差しを浴びていると、ちょうど向かいの窓が開いて、白銀の髪を持つ年のちかそうな少女が顔を出した。
 目が合って微笑むと、もっと素敵なほほえみが帰ってきた。
「こんにちわ。あなた、新入生でしょう?」
「ええ。あなたは?」
 涼やかな声が校舎に反響して響く。
「私は二年生よ。今年のエンジェル寮の新入生の面倒を見る係なの。もしかしてあなたが噂の日本からの留学生かしら?」
「噂? さぁ噂かどうかはしらないけれど、日本からの留学生ではあるわ」
「じゃあたぶんその噂の人よ。今年エンジェルの入寮生の中に他に日本人は居ないもの。ねぇ、そちらにいっていい?」
 素敵な学校生活の予感に、愛和は一も二もなくオーケーを返した。

 荷物をよけて真ん中に道を開け、備え付けの布巾で机をぬぐった頃、扉をたたく音がして、「私よ」と先程聞いた声がする。
 扉を開けて招き入れ、どちらからともなく握手をした。
「はじめまして。私はアイナ。アイナタツマチ」
「た……たつ?」
 外国語の苗字は時としてひどく読みにくいものである。
「た・つ・ま・ち。アイナって読んでくれるといいわ」
「じゃあ、アイナね。よろしく。私はセーラ。セーラ・シルベリア。わたしもセーラでいいわ」
「よろしく、セーラ」

 銀髪に灰色掛掛かった青色の瞳。ニキビひとつすらない綺麗な白い肌はロシア系列だろうか。こちらに来てそうそう、美人の女の子と知り合いになれるとはなんて素敵なんだろう、なんて考えたくなるほど可愛らしく見える。



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最終更新:2012年07月18日 14:48