The Fairy Tale Of The St. Rose School  ―芽吹きの季節に― 1*雷華

「それではもう一度確認しますね。名前、年齢そして出身を」
 うららかな春の陽ざしがまだ新しい後者の窓ガラスから差し込む。
「アイナ タツマチ、十一才。日本の埼玉が出身です」
 彼女らのいる場所にふさわしい流暢なクイーンズイングリッシュを操って、木造りの小さな教室に残響にその、まだ幼さが残る声を響かせた。
「ご家族のことについて教えてください」
 愛和と机二つ分を隔てた向こう側に、窓を背に座る初老の女教官が、厳格な声で質問を続ける。
「父は外資系の仕事をしています。家のことにはあまりよく関わりませんが、家族を大切に思う立派な人だと私は思っています。母はおととし病気で帰天いたしました。生前はイタリア語と英語を操って通訳の仕事をしていました。私が生まれてからは仕事を辞め、私に英語をはじめ、様々なことを教えてくれた人です。今は父が再婚し、義母がいます。彼女は結婚を期に仕事を変え、現在はフリーのデザイナーをしています。兄弟はいません」
 平然とした口調で淀みなく答える。すべて想定され、対策を立てた内容だから、さして戸惑うこともない。
「スポーツは何かしますか?」
「好きな本のジャンルは?」
「わが校への志望理由を」
「目指す職業は?」
「尊敬する人を教えてください」

 想定された問いには問題なく、想定されなかった問題にも適度な思考を挟みつつ、やはり相手の目を見て自分の言葉で答えた。
 いくつ質問に答えたか忘れるくらいには緊張していたらしい。
 実際長い時間が過ぎたのかもしれない。
 とにかく、質問が途切れ、質問者の左右に座っていた教官が記録用のバインダーをぱたりと閉じたときに、ほっとして肩が凝り固まっていたことに気がつく。
 しかしまだ面接は終わっていない。これは自分の夢を叶えるための大切なチャンスなのだ。なにがなんでもつかみ取らなければならない。

 だから「オーケー」と教官が言っても愛和はすぐに急いて動くことはなかった。笑顔で指示を待つ。そして案の定次に教官が言った言葉は、先程までの質問とは全く違う、しかし重要な内容だった。

「これはただ私の好奇心からなのだけど」と前置きをし、先程までの硬い表情を崩し、明るいほほえみを見せて教官が聞く。
「他人がもっていない、あなたがもっているもの。またその逆に他人は持っていて、あなたがもっていないものを教えてくださる?」
 想定していた内容ではあったが、自分で納得のいく答えはその時には出せなかったことを思い出した。けれど咄嗟に、その時には浮かばなかった答えが思い浮かぶ。
 迷わず言った。

「私にないものは、時間。お金。親のものは私のものではありませんから。逆に持っているものはこの身一つ。そして学ぶ意欲。本当に私の自由になるものはただこれだけ。ただし私以外には絶対に自由にならないものです」
 聞いた教官は驚いたように眉を上げ、それから面白そうに小さく声をあげて笑った。
「新学期にあなたに会えることを楽しみにしていますよ。アイナ」

「麻美さん! 私イギリスに行くわ」
「ふーん。好きにすれば」
 小学五年生が家の中心で叫んだ愛もとい決意は、やる気のない声にさらりと流された。
 しかし義母の言葉に愛和は十分に満足していた。言質は取ったのだ。親が許可したなら後はサインをいくつか書いてもらえればそれで全て解決である。

 一昨年母が死んだ。義母はそのすぐひと月後にきた。家のことに全く関心を示さない彼女の存在に戸惑ったのは一瞬。自分がどうにかしなければ、家の中が崩壊すると察した愛和はその日から炊事洗濯掃除をはじめ家計のやりくりを含む家事を一手に引き受けた。
 それほどまでに彼女は生活不適合者であったのだ。
「愛和ちゃーんそれよりお小遣い頂戴よ。新しいバッグ買いたいの」
 ソファにごろごろしながら、片手にポテチ、もう片手にはファッション雑誌を開いて言う。これで割とスレンダーな体型を維持するとか、ほんとに反則だ。
「明日からおからだけ食べてくらすのは嫌よ。今月はもう靴も服も買ったじゃない。あと三週間待ちなさいな。そしたらお父さんが連れてってくれるから」
「んー」
 めんどくさがリで流行に流されやすい。そして諦めが早いこんな母親だから、愛和はずっと前にもうこの家にい続けることに嫌気がさしていた。中学校から全寮制の学校に行きたいと考えたのは義母が来て三ヶ月目。できれば県外、いや、国外でもいい。兎に角週末ごとに家にかえってきて家事に忙殺される可能性のある距離は絶対に嫌であった。
 そのためには一にも二にも勉強と考え、母が仕込んでくれた英語やイタリア語の腕を磨いた。トイックや、英検にも挑戦したし、役に立つだろうと思った資格は片っ端からとった。
 まだ小学校に入る前に、母の提案でめんどくさがる父を連れて出かけた家族旅行先のイギリスにいる母の友人に手紙を書いた。インターネットで知り合った人に頼んで現地の学校について教えてもらった。
 そして決めた学校はイギリスのケンブリッジ近く、全寮制のセカンダリースクールである。書類審査のための論文は問題なく通過した。最終選考は学校に直接出向いての面接であったが、修学旅行と偽って渡英した。パスポートは最後に母がとってくれたものが有効であった。費用は近所の中学生に英語を教えて、稼いだものを使い、足りない分は家計から少しだけちょろまかした。
 書類なんてこちらで用意すれば、よくよく考えもせずに義母がサインをしてくれるのだ。十二歳以下は飛行機の国際路線に乗るとき、送り迎えが必ず必要であるが、それだってやろうと思えばどうにでもなる。現地の迎えは前もってメールで連絡し、学校の関係者に頼むことができた。



進む















.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年07月18日 14:42