ステラ・プレイヤーズ〔ⅱ〕 4*大町星雨

Ⅴサラ・オウイル
 周りの木々が風に揺れて音を立てる中、私は目の前の人から目を離せずにいた。壊れかけたコンピュータみたいに、頭がうまく働かない。
 長い髪の女性はクラルを上着の中にしまうと、口を開いた。
「私はサラ・オウイル。オルキーランの生き残りの一人で、あなたを迎えに来たの」
 目の前の女性は、自分がオルキーランだと言った。私と同じ、クラルを使う人間だと。
私はそっとお腹の下に力を入れた。頭の中に冷水が流れ込んだように、気持ちが落ち着いた。頭が、さっきまでの麻痺が嘘のように動き出す。
オルキーランの挨拶を知ってて、クラルを持ってても本物のオルキーランとは限らない。もしかしたらアラルの張った罠かも。でも本当に罠だったら目の前の人は戦いのプロ。しかも私が未熟でもオルキーランの技を使えるって知ってるはずだ。私が面と向かってかなう相手じゃない。ここは相手にのせられたふりして、相手の出方を見るしかない。
「オルキーランは、全滅してなかったってこと?」
 ようやくそう言うと、女性は頷いた。腰まである髪を一つに束ねていて、それが動きに合わせて揺れる。
「クロリアのロータス指揮官が、あなたのプログラムの避難先をここに設定しておいてくれたの。私たちと指揮官は秘かに連絡を取り合ってたの。基地が襲われた時に、混乱に紛れてあなたを連れ出せるように」
 私は黙って頷きながらつばを飲み込んだ。
 女性が疲れたような、諦めたような表情を見せた。どうやら私の様子に気づいたらしい。私はクラルを握り締めた。女性は横を向いて、またこちらを見る。
[用心深いことは戦時中なら仕方のないことだけど。これで信じてもらえるかしら? 行き先はオルキーランの隠れ家、トゥスア星よ]
 言葉が直接頭の中に響いた。もちろん女性は唇一つ動かしていない。
「……納得、しました」
 私は少し戸惑いながら答えた。クラルを持ってて、普通の人には無い力がある。オルキーランだってことは、間違いないみたいだ。噂に聞く事件から逃れてた人がいたなんて、急には信じられないけど。
オウイルさんは頷くと、貨物船に戻ってタラップを登った。私もまだ警戒しながら、後に続く。
「アラルに気づかれないよう、出力を下げてあるから。足元に注意して」
 オウイルさんが普通の言葉に戻して声をかけてきた。
暗い通路の突き当たり、オウイルさんがドアを開けると、眩しい光が外にあふれ出した。ずっと暗闇にいた私は目を細める。
 清潔そうな操縦室だった。メタリックで一見無機質に見えるけど、丁寧に手入れされているらしいあたりは温かみを感じる。
 私が助手席に着くと、オウイルさんは慣れた手つきで機械を操作し、ゆっくりと離陸させた。私はオウイルさんに気づかれない程度に深呼吸をした。何がどうなっているのだろうと、もう後戻りできそうに無い。
「里菜、ひとつ聞いておかなきゃいけないことがあるの」
 外の景色に目をやりながら、オウイルさんが口を開いた。私もオウイルさんの方を見る。
明るい中で見ると、オレンジ色の上着や栗色の髪でずい分若い印象を受ける。せいぜい三十歳前後。でも遠くを見る藍色の目には、重い経験をした落ち着きがあった。戦いを経ればどんなに心の強い人でもにじみ出てしまう、ある意味では暗い落ち着き。
「想像がつくと思うけど、今わずかな生き残りのオルキーランは人目を避けて生活してる。その存在すら、クロリアの上層部などほんのわずかな人にしか知られていないの。だから本気でオルキーランになりたいなら、自分の居場所は知られちゃいけない。つまり、世間的には、あなたはオルアで戦死したことになるの」
 戦死という言葉が、妙に心臓を冷たくさせた。オウイルさんは相変わらず遠くを、厳しい表情で見ていた。
「無理にこの道を選ばせるつもりは無いの。もしこのままクロリアにいたいなら、ここでクラルを私に渡して、オルキーランについて何も話さない、と約束してさえくれればいい。私はあなたをクロリアに送り届けて、それ以上干渉しない。あなた自身が決めてくれて構わないわ」
 私はスクリーンから見えるオルア星――今飛び立ってきたばかりの星――を見つめながら考えた。クロリアにいる道を選べば、私は大斗やミラたちと一緒にいられる。私が死んだなんて事になって、みんなを苦しめることも無い。悪い子とはほとんど無いように思える。
 オルア星の緑を見ていると、今度はオルア星での山火事を思い出した。私がクラルを持っていなかったら、あの村の人たちは全員熱さと煙に苦しめられたあげく、焼け死んでいたはずだ。オルキーランなら、普通は助けられない人も助けられる。大斗たちのことだって、ずっと会えないわけじゃないはずだ。いつかオルキーランの存在が公になったとき、きっとまた会える。
 私は目をつぶって、時間をかけて大きく深呼吸をした。目を開くと、隣の席に体を向けた。言葉がかすれないように、体に力を入れて口を開く。
「オウイルさん、私、オルキーランになりたいです」
 オウイルさんはしばらく外を眺めていた後、こちらを向いて、口元を緩めた。
「ありがとう」
 私はその安心した様子の顔を見て、この人を信用しようと思った。
そしてアラルの船に見つかることもなく、私たちの船はワープ航路に入った。



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最終更新:2012年01月23日 14:37