ステラ・プレイヤーズ〔ⅱ〕 3*大町星雨

 いくら走っても、後ろの音が止む気配はない。むしろ近づいてきてる。私ごときでそこまで必死にならなくてもいいじゃない! 別の獲物探しなさいよ!
 汗が目に入って、闇雲に袖でぬぐった。瞬きした時、一瞬視界が明るくなった気がした。はっとして立ち止まり、更に数歩戻る。岩の隙間から微かな光がさしていた。曲がりくねったカーブの向こうからだ。
 ひょっとして、また巨大発光イカなの? 隙間から向こうをのぞこうとしながら、心臓が落ち込むのを感じた。後ろからで洞窟の崩れる音が迫ってくる。
 その時、地球から逃げようとした時のように、頭の中に自分の知らないイメージが浮かんできた。

 暗い場所から急に外に出て、思わずまぶしさに目を細めた。見上げると、雲ひとつない青い空が広がっている――。

 今度こそ本当の出口なんだ! いつもの不思議なイメージがそれを教えてくれてるんだ。
 動かない足に鞭打って、また走り出した。
 それでも何歩も行かないうちに、雷のような音と共に、私の周りにも岩が降ってきた。咄嗟に頭をかばい、足をもつれさせながら振り向いた。
 がれきの下から、緑色に光る触手が伸びてきていた。更にがれきの向こうからは、丸い目がじっとこちらをにらみつけている。
 銃の出力を最大にして、触手を撃った。触手は少しのたうったけど、それでもこっちに迫ってくる。この大きさじゃ、拳銃の威力なんて焚き火の火花ぐらいしかない。
 手探りで後ずさりしながら、ひたすら撃ちまくった。それでも触手はじりじりと迫ってくる。
ぬるりと冷たい感触と共に、触手が足に絡みついた。引きずられてしりもちをつく。短剣を力いっぱい突き立ててやったけど、力が緩む様子はない。引き抜くとゼラチンのように傷口が埋もれて消えた。足をつかまれたまま、じりじりと本体の方に引き寄せられていく。つかむ所を探して伸ばした手の下で、こけの生えた地面が逃げていった。
「いやちょっとマジ勘弁やだうそ待って!」
 自分でも何を叫んでるのか分からないまま、岩の向こうでぎょろつく目を撃った。少しはダメージがあることを期待したんだけど、悲しいほどに変化がない。そうやっているうちに、小さな電子音が銃のエネルギー切れを告げた。ろくに息ができない。半泣きになりながら銃を投げつけると、巨大な目があざ笑ったような気がした。
 こんな家から離れた暗い所でしかも一人で巨大イカに食われて死ぬなんて絶対いや!!

 天井に向かってクラルを振った。光の刃が生まれ、天井が崩れていく――。・

 はっと上を見上げた。怪物にだいぶ壊されてるけど、まだ頭上の岩盤は持ちこたえていた。引きずられてバランスを取るのに苦労しながら、クラルを天井に向けて振った。
 刃の軌道にあわせて光の帯が生まれ、真っ直ぐに岩の天井に飛んだ。
 私の体よりもずっと大きな岩が、緑のかたまりに向かって降り注いだ。巨大イカは目を縮ませて、空気が揺れるようなうなり声を発した。その声も、イカの姿ががれきにうずもれていくのにつれて、小さくなっていった。私の足に絡まっていた触手も、ぐったりと動かなくなった。
 ほっと息をついた私の横にも、水音を立てて岩が落ちてきた。心臓が縮む。私も早く逃げなきゃ下敷きだ。
 足を降って重い触手を振り払うと、洞穴が崩れる音に追い立てられるように、出口に向かって走った。

 私は穴のそばの地面に寝転がっていた。外は思ったより寒い。体が凍えそうになって、ぬれた上着を脱いだ。真夏でもびしょぬれじゃ冷える。防弾布入りの上着はいつも以上にずっしりと重かった。
 体自体も、服に負けず劣らず重かった。森や洞穴で擦り傷や打ち身だらけになってたし、クラルの力を使ったせいで全身がだるかった。全くこの副作用何とかならないもんかな。傷にはあの怪我にいいっていう野草のカレア・ドミをつぶして塗ってみたけど、ずきりとくる代わりにひりひりした。
 頭を少し上げると、洞穴の跡が月明かりの下でよく見えた。天井を壊したせいで、完全に陥没している。もうここからはとても出入りできない。……もちろん、二度と行くつもりはないけど。
 大きくため息をつくと、首を横に向けて腕の指令装置を見た。あれほどの乱闘の後でも、装置はまだ生きていた(もちろんあれぐらいで壊れちゃ困る)。
 避難船がある場所はもうじきだった。五分も歩けば着ける。味方はほとんど逃げた後だろうけど、人数分の宇宙船(ふね)は用意してあるはずだから大丈夫。それにこのタイミングで出れば、敵の不意をつけるかもしれないし。
 パンと自分の頬を叩いて気合を入れると、気力がなえないように一気に立ち上がった。このまま寝転がってても敵に見つかるだけ。さっさと行かなきゃ。
 重い足取りで船に向かい始めた。重いのが嫌で上着は置いてきたけど、中まで濡れきってるから、風が吹いてくるたびに、体に小さな震えが走る。
 両手をぐっと握り締めて、船にたどり着く以外のことは考えないようにした。歩くたびに微かに走る痛みも、風が吹くたびに体を凍りつかせる寒さも忘れよう。木の根につまずきそうになる体を、気力だけで支えて歩き続けた。
 おでこに張り付いた髪を払いのけた時、木々の間から黒々とした大きな影が見えた。宇宙船、だ!
 私は足の疲れも忘れて一気に駆け出し、空き地の中に飛び込んだ。
 でも、その機体を見て、足が止まった。ほころびかけていた頬が固まる。
 確か避難船は、素早く逃げられるよう一人乗りの戦闘機だったはずだ。
 それなのに目の前にあるのは軽貨物船。暗がりでもそれぐらい区別はつく。軽自動車とトラックを比べるようなものだし。速度も武器も、軽貨物船の方がずっと劣る。指令装置を確かめても、間違いなくここが避難場所のはずなのに。

 考えながら機体を眺め、その周りを歩いて回ってみた。ごく一般的な貨物船だ。クロリアだけでなく、ありとあらゆる所で見かける事ができる。アラルが行っていた、地球での物資運搬にも使われていたはずだ。――アラルでも?
 私がその結論にたどり着いたのと、回りこんだ先に人影を見つけたのが同時だった。驚くのを後回しにして、私は反射的に飛びのき、もたつきながらクラルを上着の裏から抜いた。アラル軍の待ち伏せだったんだ! 寒さとは違う震えが手足に走った。
 人影がゆっくり歩み寄ってくるのと同じ速さで、私も後ずさる。のどをわずかに動かして乾いたつばを飲み込んだ。月も雲に隠れ、星明かりだけでは相手の姿ははっきりとしない。相手の羽織っている上着が、風にあおられている。後ろでくくっているらしい長い髪が、それと同じように流れていた。自分と相手が草を踏む音以外、何も聞こえない。
 相手が立ち止まって、私も足に力を入れながら止まった。足は必死にここから離れようとしてたけど、目の前の相手から逃げても自分は勝てない、という直感がそれを押し留めていた。
 相手が肩の力を抜いて、上着の中に手を入れた。出てくるものは、エネルギー銃しかない。すがりつくようにクラルの柄を両手で握り締める。髪からしたたった水滴が頬を伝った。
 金属のすれる音がやけに大きく響いて、相手が、長く光る物体を抜き出した。私の吸った息が、のどの手前で詰まった。銃には、見えない。それは、自分が今握り締めているものに、似ていた。
 相手のそれがぼんやりと光り、それを自分の肩に当てた人の顔を浮かび上がらせた。
「シンナミィア オラスア ミィズアトゥビユ(君の想いの静やかならんことを)、里菜」
 栗色の髪の女性が、落ち着いたまなざしで私を見ていた。


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最終更新:2012年01月23日 14:26