こえをきくもの 第二章 10*師走ハツヒト

「ッたぁっ!!」
 再びナイフを構え、ネトシルが正面から突きかかる。剣舞士はそれを片方の曲刀で弾くのではなく外へ流しながら、もう一刀でネトシルの腹を横薙ぎする。
 その動きは昼間にサーカスで見せた舞とは違い、華美でも緩やかでもない。しかし、無駄がない事は同じだ。
 襲い来る曲刀を留めて、流された方のナイフで首を狙う。それに剣舞士はしゃがんでかわし、低くなった姿勢からネトシルの足を目がけて振るった。ネトシルは獣の俊敏さで高く跳び上がり、そのまま剣舞士の背後へ蜻蛉を切って跳び込む。着地から身を起こし、その勢いのまま左に 身体を捻り、背を向けた剣舞士の背へ切りつけようとするが、同じく立ち上がった剣舞士の曲刀がそれを下から阻む。
 ナイフを弾いた曲刀のしなりではずみをつけ、剣舞士は逆に回転して向き直る。体の軸のぶれのない、美しいターンである。
 回転の勢いはそのまま曲刀での掬いあげるような一撃になり、ネトシルはそれを上から受ける。刀の外側の曲線を滑り、手首を返して内側で引っかけられそうになるも、ナイフの柄を上に傾けてその弧から逃がす。ナイフを捕えようとするかと思えば、誘いこむような隙を敢えて作り、突き込めばそこに曲刀の重い一撃を見舞う。
 本能と勘の赴くままに攻めるのがネトシルのナイフであり、そのナイフ捌きは力強いが無駄や隙が多い。一方で剣舞として極められた形を過たずなぞる剣舞士は、最小限の動作でナイフを封じて反撃をし、隙を逃さず攻めかかる。
 荒々しいネトシルの動きと流麗な剣舞士の動きが絡み合い、刃が打ち合わされる音と風を切る音、二人の地を踏む音がリズムを作り、そこに新たな舞が生まれた。
 刃渡りが短く刀身も厚いナイフとは違い、しなる曲刀の手応えは当たった瞬間は軽いようでも衝撃が長く続き、思わずナイフを弾き飛ばされそうになる。
 曲刀のしなりはさらに軌道も読みにくい。交互に繰り出されるそれに、獣の反射神経を持つネトシルも次第に押され気味になってきた。
 時に剣舞士の曲刀捌きは洗練されすぎてひどく自然に見え、目を奪われてしまう。そこに出来た一瞬の隙を、剣舞士は見逃さなかった。弧の内側にナイフを引っかけると曲刀を捻る。
「ぅあっ!」
 手首に鈍い痛みが走り、ナイフが弾き飛ばされた。
「そらよっ!」
 それに気を取られたネトシルに、第二撃が迫る。ネトシルは剣舞士の殺気が膨れ上がったのを感じた。本能的に危険を察知し、曲刀の間合いで想像される軌道より大きくかわし、身を反らせる。その喉を掠めそうになる程近くを、炎の照り返しを受けた赤い閃光が走った。
 飾り紐を手首に巻き付けたまま曲刀を離し、ぶん回す事によってリーチを伸ばしたのだ。ネトシル程勘が良くなければ、今頃首から血を噴いていただろう。
 しかしネトシルも無事では済まず、大きく体制を崩して後ろに倒れこんでしまう。そこに剣舞士は馬乗りになった。
「手負いの獣じみてぇな、型なんてないめちゃくちゃな攻撃で、中々楽しませてもらったが……ここまでのようだな、お嬢ちゃん」
「くっ……」
 歯噛みするネトシルの双眸に、剣舞士が高々と振り上げた曲刀が映る。
「あばよ」
 振り下ろされる白刃から目を逸らすように、ネトシルが首を真横に振った。過剰に、勢いよく。
「ぐっ!?」
 その動きによって、ネトシルの長い三つ編みが跳ね上がった。それは錘を付けた縄のように剣舞士の首に巻き付く。首を一周りした三つ編みの端を、空いた片手で掴んで絞める。急所たる首に想像もしなかった感触を覚え気が逸れた剣舞士を、ネトシルは掴んだ手で殴るようにして横に跳ねのけた。その勢いで絞まり、剣舞士は一瞬呼吸を失う。その隙に今度はネトシルが上になった。
 絞め殺すのが目的ではない。肌も触れ合う程の近距離では、曲刀は役に立たない。
「っのアマ……ッ!」
 まさか髪の毛を利用するとは思わなかった剣舞士が、事態を理解して必死にもがく。程なく髪は解け、剣舞士は起き上がろうとする。
 だがその前に、ネトシルのナイフが腹に深々と突き刺さっていた。
「ハイ! ハイ! ソレ! ソレ!」
 一方、エルガーツはかなりの苦戦を強いられていた。団長の鞭はエルガーツの剣に比べて圧倒的にリーチが長いのだ。エルガーツは避けるばかりで、中々団長に傷をつけられない。
 団長は丸い身体についた二本の足で動くより、圧倒的な機動力で乗りなれた玉を動かしている。時にエルガーツに突進してきたり、至近距離で玉をぶつけてきたりする。大きなダメージはないものの衝撃は大きく、それに続く鞭をかわすのがかなり辛い。リズミカルに鞭が地を叩くのに合わせ、滑稽な踊りの芸をさせられているようだった。
 鞭の威力はかなりのもので、地面が捲れ土が飛び散る程だ。まともに体に受ければ、皮膚が裂けて深手を負うだろう。しかも火に照らされているとはいえ、鞭の攻撃は読みにくい。紙一重で避けたり、僅かに掠る事は多かった。
「ええい、チョコマカと!」
 鞭の攻撃が一層激しくなる。削れた土が飛んで、粒が顔に当たった。そこに次の一撃が襲い来る。跳び退こうとすると、鞭で削れた地面に足を取られた。がくんと膝をつくエルガーツのその頭上を、鞭が通り過ぎた。
 体勢を立て直したエルガーツは、団長を睨んでその凹みに逆に蹴り込み、敢えて土を散らした。
「目くらましのつもりか!」 
 土埃をものともせず、団長は背を向けて逃げて行くエルガーツを追い、鞭の追撃を伸ばす。その団長が乗る玉が、一瞬止まった。
「っとォ!?」
 そこは慣れたもの、小さく声を上げつつもすぐに立て直す。玉はエルガーツが先程足を取られた凹み、それをさらに蹴り掘って深くしたものに少し引っ掛かったのだ。
 けれど鞭の軌道は傾いだままである。その揺らいだ鞭を、エルガーツの剣が絡め取った。
「てやぁっ!!」
 釣竿を引くように剣を大きく振って、鞭を持った団長ごと振り被る。今度こそ団長の足が玉から離れた。鞭につられて飛んでくる団長を、返す刀で振り抜いて、刃のない側面で思い切り打った。
 解けた鞭の尾を引いて団長は飛んで行き、テントに叩きつけられた。



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最終更新:2012年01月23日 13:36