こえをきくもの 第二章 9*師走ハツヒト

 ネトシル達が振り返ると、足元に炎に照らされた赤黒く長い影が伸びていた。一つは細く、もう一つはそれに比べ幅があって短い。
 その影を辿った二人の視線は、影の持ち主たる二人のものと絡まった。
 剣舞の芸人と、団長だった。
 剣舞士は刃のように怜悧な切れ長の目で、団長は背後に舞い踊る炎より緋く怒りに燃えた瞳で、こちらを睨んでいた。
「ようこそ夜のサーカスへ、お客サマ。でもね、昼間に入場口から入ってくれないと、困るんだよ。それとも次の公演で、猛獣に食べられるショーの出演希望者かな?」
 笑いを含んだような声で問う団長。逆光で表情は見えないが、心から笑ってなどいないのは明らかだ。
「残念ながら、火の輪くぐりの火付け役ですら、このサーカスで働くのは御免だ」
 鼻で笑ってネトシルが答えた。眼に宿る怒りでは、彼女も負けていなかった。
「君は気になっていたんだよ……鳩をみんな呼び寄せてしまうし。それに、今までのお客様の中でそんな反抗的な表情で動物ショーを見た人はいない。そんな、言う事を聞かない愚かな獣みたいな目でね」
 エルガーツは、ネトシルが怒りで膨れ上がったように感じられた。「言う事を聞かない」「愚かな」どちらも彼女にとって火に油を注ぐには十分すぎる言葉だった。
「獣は人の僕ではない! 命を盾に自由を奪い娯楽の道具にするなどと……許せない!! 愚かなのは貴様等だ、思い知れ!」
 ネトシルは両腰に提げた鞘からナイフを抜き、団長に飛びかかった。
 がきんっ!
 金属同士が打ち合わされる音が鳴る。ネトシルの刃は、横合いから伸びた曲刀によって遮られていた。
「俺の事はシカトかい? お嬢ちゃん。どっちがボールか分かんねぇデブじゃなくてさ、俺と遊ぼうぜ」
 剣舞士がにやにやと笑いながら、曲刀一本でナイフを止めている。
 ネトシルの瞬発力はかなりのものだが、身構えていただろうとはいえ剣舞士の反射神経も恐ろしいものがあった。
 団長と曲刀との間に剣舞士は体を滑り込ませ、ナイフを止めた曲刀にもう一本の曲刀を重ねる。そして重ねた曲刀を払ってネトシルを弾き飛ばした。舞うような全く淀みない動きだった。
 余りに自然な動きに、一瞬ネトシルは目で追うだけになってしまい、対応しきれず弾かれるまま大きく体勢を崩してしまう。
「ネトシル!」
 駆け寄ろうとしたエルガーツの前を何かがよぎり、エルガーツの足元でぱしぃんという音を立てた。地面が小さく爆ぜる。
「そっちのお兄さんは、ワタシが相手だ。聞き分けの悪い子は、たっぷり調教してあげよう」
 嗜虐的に目を細めた団長が、乗った玉の上からエルガーツを見下ろした。束ねて持った革製の鞭を左右に引いて、高く鳴かせる。それはあらゆる意味で獣を屈服させる音に他ならなかった。
「そっちの猛獣程じゃないがな、」
 ちらりとネトシルに視線を走らせる。崩れた体勢は素早く立て直し、距離をとってナイフを構えていた。
「オレだって伊達に貧乏農民の家で馬車馬の如く働かされて来た訳じゃない。調教するのは少々骨だと思うぜ」
 エルガーツも鞘を払って剣を抜く。
 鞭に絡め捕られないよう、剣を右側に引いた構えを取った。
 剣舞士は曲刀の飾り紐を腕と手に巻きつける。
 団長は鞭を振り上げる。
「イィィッツ、ショォォタァァァイム!!」
 狂気を含んだ笑みを浮かべ、振り下ろす。
 地を傷付ける甲高い音を合図に、四人は動き出した。



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最終更新:2012年01月23日 13:27