こえをきくもの 第二章 8*師走ハツヒト

 先程まで哀れさすら誘うまでに弱々しく鳴いていた物からの思わぬ反撃に、団員は驚いて大きく飛び退いた。その拍子に体勢を崩し、地面に座り込んでしまう。倒れかけた上半身を支える両手指が、炙られ乾いた土を掻いた。
 枯れ草の束の中に入っていたもの。それは、外から見ると筒の形をした植物だった。いくつもの節があり、筒の内側は中空で、節ごとに小さな部屋に分かれている。その部屋のいくつかにあらかじめ穴を開けておき、熱すれば中の空気が逃げ出して笛のように鳴るようにしたのだ。
 穴の開けていない部屋は、時間差をおいて中の空気の膨張に耐えきれず破裂する。
 単純な仕組みの仕掛けだが、突然起こされて目の前に火という条件では、その仕組みを解き明かして冷静になれるものはいないだろう。
 爆発する音に更に戸惑いと恐慌を重ね、消火作業は難航を極めているのだった。
 騒ぎを後目に、ネトシル達は見つかる事なく動物達の収容されているテントに忍び寄る。
 ネトシルは小さく鼻をうごめかせた。微かな獣の匂いを嗅ぎ取り、後ろについたエルガーツを振り返って頷いた。
 エルガーツを外に立たせ、息を潜めたままネトシルはテントの垂れ幕をめくる。
「どうだ?」
「当たりだ」
 そこには、汚い檻に閉じ込められた動物達がいた。ごく僅かに混ざった血の臭いを、ネトシルの鼻は捉えていた。今日も虐待があったのだろう。頭に血が昇りかけたが、今はそれどころではない。
 ネトシルは屈んで小熊の檻に顔を近付けた。見知らぬ人間の匂いに怯え、威嚇する小熊に語りかける。
『怖がらなくていい。あなた達を助けに来た』
 人間の意志が自分に通じた事に戸惑った小熊だったが、ネトシルの目を見てそこに嘘がない事を感じたようだ。威嚇をやめて大人しくなった。
『ありがとう』
 微笑んでナイフを握る手に力を込め、錠を壊しにかかった。まだ力の弱い小熊と侮り、檻が木製なのも幸運だった。錠を留めた檻の入り口を、ナイフの刃で傷をつけ柄で殴って少し砕けば、簡単に錠は取れた。
 外れた錠が地面に落ちる音と共に、小熊の目が輝きを取り戻した。
 念の為、今にも檻から飛び出しそうな小熊に少し待つように言い、一度テントの外に出てエルガーツに耳打ちする。
「誰か来たか?」
「いいや、消火に大わらわみたいだ。でもそんなに長くは保たないと思うから、急いで」
「分かった」
 すぐさまテントに引っ込んで曲馬に使われた馬の柵を外し、最後にライオンの檻へ向かう。
「これは……時間がかかりそうだ」
 ライオンの檻は、流石に頑丈な鉄製だった。錠も、小熊のものとは比べようもないほど上等にして堅固だった。
 ネトシルは小熊と馬を先に逃がす事にした。
『ここから出て、自分達の場所へお帰り。どこか住み良い所を探すといい。二度とここへ戻って来てはいけない。明るい方へは行くな。火がある。人間がいる。危ない』
 それを伝え、檻を開けてテントの端を持ち上げた。
 以前逃げようとした経験からか、躊躇うような仕草を見せた動物達だったが、『早く』と呼びかけるネトシルの声に、おずおずと歩き出した。
 久しぶりに誰にも牽かれる事なくテントから出た動物達は、歓喜した。ネトシルに一度だけ振り返り、感謝の意を示しながら暗闇の中を駆け出して行った。
 彼らにはこの夜闇も、輝かしい自由な日々への道なのだろう。足取りは、しっかりとしたものだった。
 その様子を見て、エルガーツも動物達の感情を何かしら感じたらしい。知らず頬が緩んでいた。
「お疲れ、あれで全部か?」
「いや、ライオンがまだだ……それと鳩がいない」
 あぁそういえばいたな、とエルガーツは顎に手を当てた。
「鳩は手品師のテントかも知れないな」
「なるほど。ライオンの檻が鉄製で、私にはどうにも。手伝ってくれ」
「おう」
 中を指したネトシルに頷き、テントの裾を持ち上げてエルガーツが中に入る。ネトシルがそれに続こうとした瞬間、背後から声がかかった。
「悪いな姉ちゃん、悪戯はそこまでだ」



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最終更新:2012年01月23日 13:19