うそまち 1*替え玉

「地元の駅前から活気がなくなったのはいつだったか」
 尋ねてもいないのに、友人がそんな話を切り出したのは一ヶ月前のことである。
 休日、一人で映画館に向かう途中に、会社の同僚でもある彼に会い、昼食に誘われた。
 私はあまり嬉しくなかった。正直、友人ではあるがこの同僚は常日頃一緒にいたいタイプの人間ではない。
 この世の濁りをなんでも話したがる奴なのだ。人を褒めることもできるしさまざまな雑学も披露できるが、残念なことに彼の得意分野は誹謗中傷だった。短い時間なら許容できるが、長時間一緒にいると気に障り憎しみを抱いてしまう。
 だから暇な時間は共有できるが、もっと仲の良い人間との約束があれば優先するし、他人と彼、どちらか助けられないなら迷ってしまう。
 私にとって彼はそういう人間だった。
 この日の昼食にファミリーレストランを選んだことも、彼との仲を考えれば明らかな失敗だった。ピークを過ぎれば長く居座れる。案の定一時間過ぎても彼の話は止まらない。上司や取引先の悪口も歯止めが効かなくなり、湯水のごとく湧き出ている。私以外にもつるむ連中は多いのに、口は休みたいと思わないらしい。
 相槌を打つのにも疲れ、箸の袋を畳んでいたら、突然機関銃の口撃が止んだ。
 そういえば、と静かに切り出す。
「君に聴いてもらいたい話があるんだけど」
 そう前置きして、奴は自分の地元のことを話し始めたのである。

「君も知っているだろうが、俺の地元は田舎で都会には何十年あっても近づけない立ち位置だ。それでも田舎は田舎なりに空き地にマンション建設したり、ショッピングモールや企業の工場を誘致したりさ、良くしようと努力したわけだ。じじばばだけじゃいけないと理解できるだけの頭は残ってたみたいでさ。椅子を磨くだけの死に底ないどもを追い出して全部若くしたんだ。――といっても、三、四十代のおっさんばかりだがね。まあ、耄碌した死にぞこないよりはましだ。通常業務に加えて、夜中に連日話し合い。ない頭でもひねりだせばまともな考えが浮かぶわけだ。そして、行動力もあった。だから、他の町が十年は前にやってたことができるようになったわけ。でもある意味開拓地だからさ、他よりは進んだ技術の手が入ったわけだよ」
 詳しいなと言うと、
「親父が関わってたからね。まあ、それはあんまり重要じゃない。
 ――これだけ聞くと、万事上手くいってるみたいにきこえる?」
 そうじゃないのかと聞くと、奴はにんまりと笑った。
「立地も悪くないから、そりゃ一時はみんな喜んださ。哀れな位狭い道、寂れた商店街、見るのも不愉快なぼろぼろの建売。スラムと変わらなかったね。
 全部壊して、もう跡形すら残らないほど壊してくれたからな。いや~、ほんと素晴らしかったよ。ひっきりなしに振るわれるハンマーやドリル、難聴になるかと思う位存分に動き回るショベルカー、クレーン車、ダンプカー。過去の財産、いやゴミだめを破壊して、何もかもが生まれ変わるスペクタクル。
 このときだけ君も住んでれば良かったのに。
 それで、駅前から順に俺の町は発展していった。ちょうど高校が駅の近くにあったから、最高だったね。ファーストフードやCDショップ、ファミレス、カラオケとか思う存分楽しめたからね。
 嘘だろって? そんなのもなかったのかって? この経済大国にまだそんな秘境が残ってたのかって?
 あったんだ。
 だから、老害なんだよ。新しいものを受け入れられずに自分の今しか考えていない。捨てなきゃいけないものを捨てないから新しいものさえ腐らせてしまう。俺の子供のころなんか、ゲーム屋だってなかったからしょぼい駄菓子屋のメンコとかベーゴマで遊んでたんだぜ。懐古主義の連中からしてみれば美徳だろうが、俺たちには開き直りでしかなかったよ。
 だから、若い連中はさ、ようやく開放されたと思ったのさ。頭の固い連中や個人商店をつぶされた連中や貧乏人は抗議してたが俺たちは聞く耳は持たなかったよ。
 だってそうだろ。テレビで今の日本の姿っていうのを知らない奴はいなかったんだからな」
 でも活気がなくなった。
 私が続けると、なくなったよ、となんともなさそうに言った。
「二十五の俺が今のあそこを評価するとね。休日にどこもシャッターが閉まってたら仕方ないさ。
 ほら、何でかって訊かないの?」
 興味がないとは言えない。
 正直なところ、そうなる原因というものが何一つ予想できなかったからである。
 人口に対して、店が多すぎたから?
「ある時期まではそうだった。けど、マンションとかで転勤族も大量に越してきたからね。そうじゃない」
 では、災害や病気でも?
「それはなかった」
 ――殺人事件や事故でも?
「近いな。それはあった」
 私は、口元を押さえた。

 幽霊?

「正解、かな。幽霊って表現も専門家からすれば正しくないみたいだけど」



進む













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最終更新:2012年01月23日 12:11