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トマス・モーガンと、その周辺の人たち(その1)

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 アメリカ、ケンタッキー州で生まれたモーガン(Thomas Morgan, 1866-1945)は、「ショウジョウバエを使って染色体地図を作った人」として知られています。
(染色体地図:染色体上における遺伝子の相対的位置を図示したもの→ http://t.co/ydyNildV

 1913年にモーガンたちが初めてショウジョウバエで作成して以後、染色体地図はコムギ、カイコガなど多くの生物で作られ、やがてヒトゲノム計画(1945-2003)へと展開していくことになります。そんなモーガンは、もともと発生学者。ナポリ臨界実験所で、カエルの研究をしていました。

 1894年に、カエル卵に遠心力をかけた場合の発生の様子の変化を、津田梅子(1864-1929)と共同で研究をしています。津田梅子、津田塾大学を作った人です。ナポリ臨海研究所ではちょうど同じ時期(1892年)、ドリーシュがウニの実験で後成説の証明実験を成功させていました。

 モーガンが遺伝学に移ったきっかけは、1904年、メンデルの法則を再発見した1人であるド・フリースとの面会。しかしモーガンは「そもそも遺伝子は、物質として存在しているのか?」と疑問を抱くことになります。生粋のアメリカ人で、素朴な実証主義者であった彼は、物質しか相手にしないことを身上としていました。

(モーガンがどれくらい「生粋のアメリカ人」かというと、伯父さんが南北戦争の英雄ジョン・モーガン将軍で、母方の曽祖父が、1814年にアメリカ国歌「星条旗」http://t.co/GqRHxbVM を作詞したF・S・キー。)

 まだ遺伝子が物質であることは証明されていないし、どのように染色体上に存在しているかも解明されていない。それなら私がやろう。ということで、モーガンは染色体地図を作ることになります。なぜ? 物質なら“位置を知る”ことができるはずだからです。

 モーガンの染色体地図作りは、一挙にアメリカを中心とする遺伝学研究のネットワークを広げていくことになるのですが、それはまた次回のお楽しみ。

111125 あしたま#003
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