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2011年04月22日


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2010年度の授業の紹介――「なぜ〈生物学の歴史〉を授業で扱うのか?」



What 2010年度の生物の授業では何を扱ったのか?

2010年度の授業では、一年間を通して、生物学そのものよりも、むしろ生物学にまつわる歴史を追ってきました。教科書、あるいは『セミナー生物Ⅰ+Ⅱ』の内容を、「科学史」の視座にチェックインして概観していく、という趣向です。とはいえ、本格的な科学史でなく、生物学上の大発見を、いくつかのシーンに分けて紹介していきました。その発見がなされる前は、どんな世界観が自明なもの、常識的なものとされていたのか? その発見は、どのような時代背景のもとでなされたのか? 発見者と同時代に生きていたほかの研究者たちは、なぜその発見をすることができなかったのか? ……など、人物にフォーカスを合わせてエピソードとともに紹介してきました 。
今日配布した、1学期のシラバスは、ほとんど前年度に用いたものと同じです(なので、大幅に変更になる可能性があります)。1学期は発生学embryologyを扱いますが、古代ギリシアのアリストテレス(BC384-BC322)、ドイツの発生学者ルー(1850-1924)、ドリーシュ(1867-1941)、シュペーマン(1869-1924)と少なくとも4人の科学者が登場することになっています。実際の授業では、これにさらに、有名無名を問わず、数人の発生学者のエピソードを交えました。
授業で扱った人たちは、必ずしも生物学者 とは限りません。2011年度は行わない生理学physiologyの話になりますが、心臓の機能から血液循環説を導いたイギリスの医学者ハーヴェイ(1578-1657)の話をするときに、ジェームズ1世(1566-1652)の名は欠かせません。ハーヴェイは国王の典医だったおかげで当時は異端審問の危険さえあった血液循環説を提唱することができたからです。しかし、同時にそのせいで、清教徒革命(1641-1649)のさいに膨大な数の研究ノートを焼き払われる憂き目にあいます。また、フランスの哲学者デカルト(1596-1650)の名前も出てきます。ハーヴェイが血液循環説を導くために用いた、「仮説→実験→検証→仮説→実験…」という推論の方式は、彼の遺志を継ぐ弟子たちだけではなく、デカルトの方法的懐疑にも、大きな影響を与えたからです。

Why なぜ〈生物学の歴史〉を授業で扱ったのか?

端的にいうと、そちらのほうが面白いからです。少し言葉を補うと、理路整然と、簡潔に、エレガントにまとめられた答えを最初から学ぶよりも、いつの時代の何の影響を受けながら、限られた手持ちの道具をどのように駆使して、科学者たちが不器用に(エレファントに)試行錯誤を行ったかを学んだほうが、実践的だからです。
私たちは科学者たちの語ることばを、そのまま無垢な真理として受け取りがちです。しかし、科学者たちの意見は、常に彼らの生きた時代、そして自然観を背景としてなされます。ふつう、自然科学の授業では、「いまの自然科学が常識としている考え方」のルーツ・法則と呼べるようなものについてあまりふれませんが、この授業ではむしろ、そこを掘り下げていきたいと思います。


How 2011年度の生物の授業は、どのように進められるのか?
 年間計画を大まかに示すと、以下の通りです。
 1学期:発生学 (cf.『セミナー』「2.生殖と発生」)
 2学期:遺伝学 (cf.『セミナー』「3.遺伝」)
 3学期:分子生物学(cf.『セミナー』「4. 遺伝情報とその発現」)

個 体 集 団
空 間 解剖学, 生理学, 細胞学 分類学, 生態学
時 間 発生学, 遺伝学 進化論





4/29    【 昭和の日 】
5/ 6 無性生殖、有性生殖:「無性生殖」、「有性生殖」とはなにが違うのか、なぜ違うのか、どのように違うのか。「分裂(酵母)、出芽(ヒドラ)、栄養生殖、胞子生殖」、そして、「配偶子生殖」について。/「生命はどのようにして生じるのか?」という古代ギリシャからあった哲学的問いについての、2011年現在の答え。
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