都城王土「ほう…。学園都市か、なるほどこの俺を迎えるに相応しい」9


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■路地裏

「き、聞いてねえぞぉ! 警備員《アンチスキル》が警告もなしに発砲するのかよ!」

黒いスーツの男が泣き喚くようにして文句を吐く。
思い出すだけでゾッとする。
先発部隊の中で一番最後を走っていたと思ったら、凄まじい衝撃が車体に襲いかかったのだ。
防弾仕様であるはずのフロントがバゴン!という音と共に陥没し、それからはもう地獄だった。

喩えではない。
それはまさしく砲煙弾雨だった。

まるで天から降り注ぐ雷の鉄槌のようにそれは延々と続く。
それは信じられないほどの精密な射撃で、反撃するどころか逃げることも動くことすら許されなかった。

しかも恐ろしいことにその射撃は決してこちらの命を奪おうとはしない。
逃げようと思って一歩足を踏み出した瞬間、爆音と共に目の前のアスファルトが破裂する恐怖は味わおうと思っても味わえない。
いっそのこと頭をブチ抜かれる方がましだと思う程の審判の時間。
もはや絶望に身を震わせることしか出来ない男達が次々と恐怖のあまり失神していくのも当然だろう。

そして。
幸か不幸か何とか一人の男は目が醒めて。
同士を見捨てて逃走を始めた。

とはいえ。
それは幸か不幸かでいえば間違いなく不幸だろう。
ようやく男は気が付いた。

すぐ隣に、ギョロリとした目をした幽霊のような女が立っていたのだから。



男はギョッとして目を見開く。
いつの間にこんな側に近付かれたのだろう?
けれどその幽霊のような女は無表情のまま男の目をただ見つめているだけだった。
怯える男を観察するように見つめ続け、そしてようやくギョロ目の少女が口を開いた。

「顔色が悪いわね。 息も荒いし冷や汗も凄いわ」

ボソボソとそうこちらの身体を気遣うような台詞を口にするが、その実それは男の体調を気遣っているわけではないだろう。
暗がりの中に浮かび上がる幽霊のような少女に怯え、尻餅をつく男。

「でも気にしなくてもいいの」

恐ろしさのあまり、思わず身をかがめた男の耳元に少女が口を近づけて。

「because  ・・・・・・・・・・・・・」

ボソリと何事かを囁かれ、男の眼が耐え切れんとばかりに恐怖で見開いた。

「ぎにゃああああああああああああああ」

情けない悲鳴が路地裏に響く。
数秒遅れて路地裏に駆けこんできた御坂妹だが、目の前に泡を吹いて失神している男だけだった。
けれど、御坂妹は嬉しそうにこうポツリと呟いた。

「見間違えるはずもありません、とミサカは確信を持ちます」

御坂妹は、“妹達”は布束砥信を忘れはしない。 [実験体]である自分たちを救おうとしてくれた少女なのだ。
御坂妹は目尻から小さな光の粒が頬を流しながら虚空に向かってただ己の感情を口にした。

「…よかった。 生きていてくれて本当によかった、とミサカは素直に貴女の無事を喜びます」



■学園都市・大通り

[M000]は目の前で傲然とした金髪紅眼の男の振舞いが理解出来ない。

無数の銃口に囲まれて何故こうも哂える?

[M000]は目の前で病人だろう白髪紅眼の男の態度が理解出来ない。

20人を超える大人に囲まれて何故こうも哂っている?

けれど、それでも判っていることがある。
こいつらはきっと恐ろしい。
逆鱗どころではない。

それこそほんの少し機嫌を損ねればきっとこのガキ共は容赦なく牙を剥くだろう。
だが、磨耗した精神を持つ[M000]は本能が発する危険信号の本当の意味を判っていなかった。

まずとりあえずはこの紅い双眸を持つ男達よりは[A001]のほうが組み易い。
だから[M000]は[A001]に向かって怨嗟の声を吐く。

「き…貴様ぁ! [A001]! 貴様よくも我々を! よくも“仲間”を裏切ってくれたな!」

しかし、そう怒鳴る[M000]を見て結標淡希は冷たい目でそれを否定する。

「違う… アンタ達なんか“仲間”じゃない 私の“仲間”は。 あの時私と共に超電磁砲に立ち向かった“あの子達”だけよ」

そうすげなく否定され、屈辱に震え、そしてようやく[M000]は一つのことに気が付いた。



[A001]がいつも持っているはずの軍用懐中電灯がない。

あぁそうか、だからこいつは心変わりをしてそんなガキに依存したのか。
[M000]の顔が醜く歪んだ。

ならばその勘違いに気付かせてやろう。
[A001]の心を陵辱して組み伏せてやろう。
結標淡希の心を、本質を、魂を再び汚して調教してやるのだ。


「ハッ…ハハハッ! “仲間”だと!? どっちつかずの中途半端な“バケモノ”が知ったふうな口を聞くな!
 知っているぞ! 貴様はくだらない懐中電灯がなければ能力もろくに振るえない欠陥品だろうが!」


そう言われて、ビクと結標淡希の身体が震えた。
確かに今、結標淡希の手には懐中電灯がない。
能力の指針となるべきそれがない。

どっちつかずの中途半端の欠陥品?

やめてくれ。
それ以上その汚い手で触らないでくれ。
トラウマに触れられて結標淡希の心が悲鳴をあげる。

その先は結標淡希のむき出しで柔らかい場所なのだ。
悪意の言葉でもって触れられて掻き回されて抉られたくはない。

その時だった。
硬直してしまった結標淡希の背に都城王土の指先がトンと触れたのだ。


.
「おいおい結標淡希よ。 何故それを俺に言わないのだ?」

そんな事を言われても結標淡希は困る。
けれど都城王土は別に結標淡希の答えなど待ってはいなかった。

「なに、怯えんでいいぞ結標淡希。 痛みは無いはずだからな」

そう言うと都城王土は己の能力『創帝《クリエイト》』を己の思うがままに行使した。

パシンと微かな電流をその身に纏わせて。

都城王土はニヤリと笑いながらこう言ったのだ。


「なに、その程度の欠点ならばだ。 “この俺がカバーしてやる”」


パシリと極微小な電流が結標淡希の脳内を走った。

これは洗脳ではない。
ましてや都城王土の真骨頂その②でもない。

[演算補助デバイス]とは言ってみれば脳波の電気パルスを強制的に一定にするものだ。
脳内に流れるストレスの波形を分析し、逆の波形を当てることで中和するもの。

そしてその程度ならば都城王土にとっては児戯にも等しい。
都城王土は人間の人格を丸々書き換えることすら可能なのだ。
ならば、当然出来る。 
一時的にとはいえ結標淡希をストレスから解放することも当然出来るのだ。


結標淡希の脚に活力が戻る。
度重なる能力の行使と暴走により、破裂しそうだった脳が嘘のように静かになる。
嫌悪感が嘔吐感が罪悪感が荒れ狂った感情全てがゼロになる。

いや、プラスマイナスゼロになったどころではない。

今、結標淡希は己が思うままに己の100%の力を100%己の制御下で行使できる。

…勿論、これは継続的な効果があるわけではない。
トラウマは自分で乗り越えるものであり、それを完全に解消するにはそれこそ人格の書き換えが必要だろう。

だけれども。
この瞬間この時間に限って言えば、結標淡希のトラウマはストレスは完全に解消されたのだ。

今、結標淡希の手に懐中電灯はない。

けれど、今そんなものは要らない。
今ならば人造の光は必要ない。

だって。
結標淡希の後ろには太陽のような男がいる。
都城王土が結標淡希の歩む先を照らして導いてくれている。

太陽よりも眩しい光など世界の何処にも存在しないのだから。

そして結標淡希は都城王土の期待に応える。
太陽のように己を照らしてくれているその眩しい光に応える。
自分が歩むべき道を歩みたいと思う気持ちを示すように。

スッと結標淡希が[組織]の男達に、自らが突破するべき道はあそこなのだと言わんばかりに指を伸ばした。


結標淡希に指を差され、[M000]は…[組織]は恐れた。
誰だ?
この目の前にいる小さな赤毛の少女は一体誰だ?

違う。
これは[A001]ではない。
これは今にも倒れそうな、嗜虐心をくすぐらせる顔をした欠陥品ではない。

「みっ…見るな! こっちを見るなっ! 見るなぁぁぁああああっっ!!!!」

だからもう耐えられなくて、[M000]は[組織]は“大人達”は一斉に拳銃の引鉄をひく。
殺してしまえばあの恐ろしい視線にさらされなくてもすむはずなのだ。

だが、銃爪に掛かっていた指は呆気無く宙を掻きむしるだけ。

「…なっ!?」

前方、結標淡希の目の前にガシャガシャと音を立てて積み上げられる黒い金属の山。
それは拳銃で造られた山で、その山を造ったのは結標淡希の『座標移動《ムーブポイント》』だ。

男達は顔を青ざめる。
“超電磁砲”ですら倒せる可能性をもつ結標淡希の強大な能力の恐ろしさを今やっと男達は理解したのだ。
“バケモノ”だ。
こいつらはとんでもない“バケモノ”だ。

だから男達は抗議する。 有り得ないと抗議する。

「ふっ!ふざけるなっ! そんな! そんなっ! 窮地に陥ったところを都合良く救うなんて! そんな現実信じられるものかっ!!!」

それを聞いて都城王土はハンと鼻で笑ってこう言った。



.

「フン、 いいではないか。 週刊少年漫画のような現実があってもよかろう。 
 そも都合よく仲間を救う存在をすら信じられぬ貴様の現実がちっぽけだっただけだろうが」


弱者の代表のような顔をして抗議する[M000]を都城王土は笑い飛ばす。

「まぁとはいえ 俺の心にそびえたつ三本の柱は『友情』・『勝利』・『努力』ではないがな」

そう言って都城王土は結標淡希の前に立ち、腕組みをして朗々と言い放つ。

「俺の心にそびえたつ三本の柱は当然ながら『俺』・『俺』・『俺』だ」

そう言って都城王土は恐怖に身を慄かせる男達を圧倒する。

この男は誰であろうと変わらない。
進む先に気にくわないものがあれば、障害物があればそのまま粉砕して進む男なのだ。

[M000]はガタガタと震え、それでも負け惜しみを口にする。

「だっ黙れぇ! 認めんっ! 認めんぞっ! 断じて貴様達の現実など! 認めはしないっ!!!」

そう言う[M000]を見て都城王土はつまらなさそうに首を振った。

「はっ! まったくもって愚かしく哀れで救いようがないな」

と、不意に何かに都城王土は気が付いた。

「あぁそう言えばだ。 貴様等いい加減にしろよ? この俺に向かって頭が高いだろうが」



そして都城王土は口にした。
ただそう言うだけでそれが実現される恐ろしい“チカラ”を都城王土は当然のように行使する。


「 平 伏 せ 《 ヒ レ フ セ 》 」


バギン!と嫌な音が響いた。

その音の正体はそこに並ぶ[組織]の男達全員が自ら全力で以てその顔面をアスファルトに叩きつけた音だ。
鼻がへし曲がり、歯が折れてもまだ肉体は自らをアスファルトに押し付けようと力を込める。
今、彼等の肉体は己の頭脳ではなく都城王土に従っているのだ。
アスファルトの隙間から漏れ聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら都城王土は話にならないというふうに首を振った。

「やれやれ、なんとも醜い姿勢だな。 どうやら貴様等には奴隷の才能すらないようだ」

平伏したままの男達の間を悠然と歩く金色の覇者。
土下座をしたままピクリとも動けない男達はもはや命を献上しているに等しい。

「ふっふざけるなぁ! この“バケモノ”どもがっ! お前たちのようなガキがっ! 能力者がいるからこの世界には争いが絶えんのだ!!」

アスファルトに叩きつけられ鼻血を垂らしながらも懸命に[M000]が抵抗する。
そう、この男は口先だけで今の地位まで登ってきたのだ。
[M000]にとって最も強い攻撃は拳でもなく脚でもなく言葉である。

だがそんな[M000]の言葉は一笑に付された。

「ハッ! 訂正しろ愚か者が」

そう言ってグイと都城王土が[M000]の髪を掴んで乱暴に持ち上げる。



眼前に迫った紅い双眸は灼熱のような感情を宿していた。
魂ごと燃やし尽くされそうで言葉を失う[M000]に都城王土はこう告げた。


 「俺達は“人間”だ」


そう言って都城王土は真剣な顔で高らかに謳いあげる。
絶対の自信で持って言い切る。


「俺達はだ。 平和な日本の一介の通常の普通の並大抵の通り一遍のただのありふれた一般的な学生なのだ」


そう言って都城王土はその手を離す。
バギャン!と音を立てて再度平伏した[M000]に向かって静かにこう言った。


「ただほんの少し。 “普通《ノーマル》”か“異常《アブノーマル》”か“幸せ《プラス》”か“不幸《マイナス》”かの違いがあるだけだ」


“人間”であること。
都城王土はその尊大な態度でもって“人間”であると断言する。

そう。
“バケモノ”などでは決してない。
“人間”なのだと都城王土は自信をもっている。

そして、都城王土のその言葉を聞いて一方通行は、結標淡希の胸に蘇るものがあった。



その頃はもう既に本名は無くしていた。

【特別クラスだァ?】

周りの人間を傷つけてしまって。
隔離されて迫害された。

【そうよ。 [絶対能力《レベル6》]に進化する可能性があるのは最強の能力者である君だけだもの。 “君一人だけの”クラスよ】

だから彼はこう思ったのだ。
たった一人の特別学級という名の監獄の中で。

【…“変わる”のか? 最強の先の無敵に進化したら何かが“変わる”のか?】

今のままでは嫌だ。

【――チカラが争いを生むなら争いが起きなくなるほどのチカラを手にいれればいい】

だから彼は変わろうとした。
遮二無二になって変わろうとした。

【最強の先の無敵に、絶対的な存在になれば】

その道が例え血に塗れていても構わずに。
己がどれほど後悔するかも考えないで。

【認めてもらえるはず。 きっと、きっと誰かに認めてもらえるはずだ】

ただの一人の“人間”として認めてほしい…ただそれだけを拠り所にして。
一方通行《アクセラレータ》は修羅の道に突き進んだのだ。


【何故自分に“チカラ”があるのだろう】

彼女はいつからかそう思っていた。

【自分に“チカラ”を与えられた理由】

けれどそれには誰も答えてくれなかった。

【自分に“チカラ”を与えられなくても良かった理由。】

いくら考えても判らなくて。
そして彼女はそのうちこう考えるようになった。

【“チカラ”があるから迫害されて差別されて疎まれる】

ならば、と思った。
それは名案のように思えた。

【じゃあいらない。 “チカラ”なんていらない。 私はそんな“チカラ”はいらない】

例えそのように思考を誘導されていたのだとしても。
けれど彼女は確かにそう思ったのだ。

【だって。 怪物は嫌だもの。 “バケモノ”は嫌だもの】

ただの一人の“人間”として認めてほしい…ただそれだけを拠り所にして。
結標淡希は歪んだ道に突き進んだのだ。


そう、結局のところ異端児は関係性に飢えている。

友人がほしい
恋人がほしい
知人が欲しい
他人が欲しい
理解者が欲しい
保護者が欲しい
敵対者が欲しい
第三者が欲しい

だが、己が人間から外れた“バケモノ”であると自覚してるがゆえに。
どれだけ欲しても彼等は豊かな人間関係を築けない。

だから彼等は関係性をなにより望む。
己が傷つかない、己が傷つけない世界を望んでいるのだ。

それが決して叶わない夢だとしても彼等はそれをずっと追い求める。

一方通行《アクセラレータ》は都城王土と闘った。
道を譲るだの譲らないだの、そんな些細なことで喧嘩を始めたけれど、その実それは関係性を望んでいただけで。

結標淡希は都城王土に己の在り様を主張した。
それはもやっぱり関係性を欲していただけで。

当然、都城王土だって関係性を望んでいる。
だから彼は間違いを犯した。
誰も傷つかない王道楽土を犠牲のもとにつくろうとして失敗したのだ。

それは誰にだって、行橋未造だって、御坂美琴だって、白井黒子だって、上条当麻だって。 ありとあらゆる人間に言えることなのだ。


だから都城王土は主張する。
関係性というものは築くのが“人間”と“人間”というのなら。
それなら確信して断言して言い切ろう。


俺は“バケモノ”ではなく、俺は“人間”で。

ならば当然俺が関係性を望む相手だって“人間”で。

つまりそれは俺達が“人間”なのだということだ。


だから都城王土はその尊大で傲慢な態度のまま許す機会を与える。
昔の己は愚かだったし、昔の己は間違いをした。
ならば当然この男達にも許される機会は与えられるべきだろう。

「…こう見えて俺は寛大でな」

そう言って、都城王土は地面に平伏したままの[M000]に言葉を掛ける。

「おいおまえ。 立て。 曲がりなりにも長ならば長らしいところを見せてみよ」

その声と同時に己が身を縛り付ける謎の力が無くなっていることに気づき、バネ仕掛けのおもちゃのように[M000]が飛び上がった。
[M000]に都城王土は視線だけで辺りを示唆し、話しかける。

「見ろこの有様を。 貴様の成したことにより貴様の仲間たちは今もまだ苦しんでいるのだ」

20人近い男達が土下座をしたまま、呻いている。
だから都城王土は機会を与えるのだ。


ガタガタとその身を震わせる[M000]に向かって都城王土は本心から静かに告げる。

「長ならば…配下を束ねるものならばだ。 それは責任であり受け入れるべきものだ。 だから反省し、心を入れ替えるのならば俺も許す」

それを聞いて結標淡希は目を見開いて口を挟む。

「…ッ!? アンタなにをっ!?」

冗談ではない。
もはやこいつらを許せるはずはない。
だというのに、そんな激昂しかかった結標淡希に向かって都城王土は真剣な顔でこう言った。


「まぁそう言うな。 誠心誠意謝ることが出来るのならばだ、どのような者であろうと考えを改められるはずだろう?」


それは己の経験から出てきた言葉であり、だからその言葉はとても重い。
結標淡希は、一方通行は、己が犯した間違いを思ってしまって。
それ以上は言葉を挟めなかった。

そして都城王土は待つ。
誠心誠意謝罪して謝ってくるのを待つ。
もしかしたら、仲間を傷つけたと激昂して殴りかかってくるかもしれない。
けれどもそれだって間違ってはいない。

そして[M000]は。
[組織]の長は。
[科学結社]のリーダーは。

逃げた。


「ハヒッ! ハヒヒッ!!!」

恐怖を超えて、笑い声のような悲鳴をあげながら。
じりじりと後退りをして…勢い良くその組織のトップは、[M000]は逃げ出したのだ。

何もかもを投げ捨てて。
ただ己の生命を最優先として。
地に平伏したままの“仲間”を“正常”な者を捨てて[M000]は脱兎の如く逃走を開始した。

ボキッ!と骨が折れる音と共に平伏したままの黒いスーツの男が呻く。
土下座をしているその手を[M000]が踏んでいったのだろう。

それを見た結標淡希は怒りで頭が真っ白になる。
また切り捨てた。
また裏切った。

「アンタが……逃げるかぁ!!!!」

そう叫びながらズタボロの身体で腕を振り上げた結標淡希だが、それは都城王土の手によって遮られた。

「…っ! …止めないでよっ!!!!」

そんな結標淡希の叫び声を聞いて都城王土は面白そうに哂っていた。

彼は一度許す機会を与えた。
そしてそれは何度も与えてやれるほど安いものではないのだ。

誤解してはいけない。
都城王土は善ではない。
その烈火の如く気性は敵と認識したものを容赦なく残酷に叩き潰すのだ。



その紅い瞳には残酷な見世物を期待するような光が浮かんでいる。
それを見てしまえば結標淡希もう二の句が継げなくて黙るしかない。

今から面白い見世物が始まるのだから辛抱しろ、とでも言いたげに都城王土は笑う。

「まぁ待てよ結標淡希。 なに、そのままおまえがやっても構わんのだが……」

そう言って都城王土は隣に立っていた一方通行を見る。

「それよりもだ。 おい一方通行《アクセラレータ》。 随分と手持ち無沙汰に見えるが?
 まぁとはいえだ 。おまえが無理だと言うのなら構わん。 結標淡希か俺がやるが……どうする?」

返ってくる答えなどわかりきっているだろうに都城王土はそう問いかけて。
そしてそれを聞いた一方通行の顔が面白そうにぐちゃりと歪んだ。


「お・う・どくゥン!? 今なンっつったァ? てめェ…誰に物言ってンのかわかってンのかァ!?」



[M000]は防弾装甲のバンに飛び乗って、震える手でエンジンをかける。
ギアをバックにいれて、ハンドルが折れるくらい傾けて車体の向きを180度変更して。

目の前に広がっている誰もいない安全な夜道を見て[M000]は判った。

この道の向こうに行くことが出来るならば。
このままスピードを出して、ここから逃げきることが出来ればこの悪夢から逃げ出すことができるのだ。
この暗い夜道を突っ切ることさえ出来ればいいのだ。

無我夢中にギアを変え、もう勢い余って足が折れても構わないと言わんばかりにアクセルを踏み込もうとしたけども。


.
ドン!と一方通行の軸足が地面を踏みしめる。

その軸足から凄まじい衝撃が生まれて。
硬い地盤が振動し放射状に亀裂が走る。

「ヒッ!?」

[M000]は思わず悲鳴をあげてハンドルにしがみつく。
耳障りな音を立て、電柱が標識が地盤という支えを失い次々と倒れていくのだ。
まるでこの世の終わりを見たように恐怖で顔を引き攣らさせた時だった。

ガギャン!と音を立てて道路標識が大きな音とともに車のフロントガラスに突き刺さる。

「ヒィィッ!?」

例え防弾だろうとも、質量の攻撃を防げるはずもない。
フロントガラスは呆気無く砕け散った。
突き刺さっている道路標識には。

“青地に白い矢印”が描かれている。

その標識が指し示す意味を本能で理解して、男は絶望の悲鳴をあげた。
けれどそれでは終わるはずもない。
次の瞬間、槍と化したアスファルトが地面から突き上げられたのだ。

ガゴンガゴンと凄まじい音をたてながら車体が幾度も突き上げられる。
コンクリートの槍は車体の中心部に食らいつき、突き刺していて。
もはや防弾装甲のバンは百舌の早贄のようだった。


アクセルを踏み込んでみるが今更そんなことをしてもそれはもう徒労でしかない。
ギャルギャルと白煙をあげながら空回りを続けるタイヤの音だけが虚しく響く。

けれど[M000]はそれしか出来ない。
半狂乱になりながら何度も何度も必死にアクセルを踏み込むことしか出来ないのだ。
そして…バックミラーに映る影に気づく。

そこには白く哂う影があった。


「よォよォ? こんな夜道にどこ行くつもりだァ?」


その恐ろしい声に耐え切れずバンの中にあった拳銃を取り出して狙いを絞って引鉄を引き絞る。
けれど、その銃弾が彼に届くことなど有り得ない。
引鉄をひいたと思った瞬間、手の中の拳銃が破裂して[M000]は激痛に耐え切れず悲鳴をあげる。

そしてその悲鳴を聞いた白い影は下品な笑い声をあげた。


「あはぎゃはァ! 不様な抵抗ゴクローサンってかァ?」


そして。
嘲笑とともに爆音が破裂し、白い影のアスファルトが砕け散った。
背中に竜巻の渦のような暴風を接続した白い影はロケットのように宙を飛び、フロントガラスの上に立つ。


“青地に白い矢印”の道路標識の上からグニャリと覗き込んで。

白い男が哂ってこう告げた。


「悪りィがここは“一方通行”だァ。 侵入禁止でェ、転回も禁止。 あァ…当然だけどよォ “後退” も禁止だぜェ?」


もう恐怖のあまり息もできない。
けれど白髪紅眼の男に言われるがまま、ちらりとバックミラーに眼を走らせて。

そこに映った姿を見てしまって。

[M000]は何で拳銃を使ってしまったのだろうと思った。
今、手元に拳銃があったならば自分の頭に銃口を向けて引鉄を引いている。

そこに映るのは金髪紅眼の男。
金色の影は哂いながらゆっくりとこちらに向かって歩いてきているのだ。

[M000]はようやく本能で理解した。

あぁ。ここは、こいつらは、学園都市は。
[組織]にとって[科学結社]にとって[M000]にとってまさしく“一方通行”だったのだ。
この袋小路に入ってしまえば進むことも戻ることもできやしない。

だってこの紅い双眸を持つ男達は“人間”でありながら“バケモノ”なのだ。
前門の虎、後門の狼ならぬ前門の月、後門の太陽。
どちらに進もうがその強大な業火で焼き尽くされる。

もう[M000]が出来ることは極光に焼かれるか白光に消されるかを選ぶだけなのだから。


恐怖におののく男を嬲るように一方通行《アクセラレータ》は言葉を紡ぐ。

「…っつーかよォ。 俺としたことが間違えてたぜ。 テメーには三下なんて呼称すら生温いわなァ」

なァ?と問いかけてくる白い影だが、それに答えることなど出来やしない。
この問には同意も否定も許されないのだ。
答えてしまえばそこで終わる。

だからもうただ震えていることしか出来ない。
そして、白い影はさらに嘲笑う。

「ゴミはよォ…ゴミらしくさっさと屑籠の中に頭から突っ込んで汚物に塗れてんのがァお似合いだよなァ?」

ギシリと哂う白い影が拳を振り上げて判決を下した。

「っつーわけでェ! とっととおとなしく泣きながら不様なゴミクズに生まれ変わってこいよォォォ!!!!!」

振るわれたその拳は衝撃が伝わった瞬間にベクトルを加速して。
凄まじい勢いで前方に。 “金色の男”に向かって車体ごと飛んでいった。

「クハッ! おいおい一方通行《アクセラレータ》。 この俺に当たるだろうが」

瞬く間に目の前に迫った半壊状態の防弾車を見て哂いとばす都城王土。
そしてその鋼鉄の塊をまるで空き缶のように無造作に蹴りとばした。

数トンの重さをもつそれは都城王土の只一撃の蹴りを喰らってピンボールのように直角に跳ねた。
吹き飛び、轟音と共にその先にあるビルに突っ込んでガラスを破りそのまま内部に突っ込んで、コンクリートの柱を何本もなぎ倒して、そしてようやくその動きを止める。

どちらに進むか結局選べなかった[M000]は。
金髪紅眼と白髪紅眼、極光と白光、太陽と月、都城王土と一方通行という二人の紅い双眸をもつ男によって焼きつくされたのだ。


胸に広がるその怒りを代弁したどころか利子をつけたような徹底的なその破壊を見て結標淡希は静かに息を吐いた。
自分ではあのような恐怖を与えることなど決して出来ないだろう。
都城王土と一方通行という規格外の存在が自分の敵とならなくて本当に良かったと結標淡希は思う。

そして、当の本人達は。

「む…さすがに死んだか? おまえはどう思うのだ一方通行《アクセラレータ》?」

その凄まじい破壊の後を見ながら何故かのんびり話していた。

「まァ…学園都市製の車使ってんならだが、運がよけりゃァギリギリ生きてんじゃねェのォ?」

息のあった連携プレイの感想戦をするように声を掛け合うその姿が面白くて結標淡希はクスリと笑う。
その小さな笑い声を聞いて、金髪紅眼の男と白髪紅眼の男が同時に振り向いた。
クスクスと笑う結標淡希を見て、その笑いの原因を察した一方通行がガリガリと頭をかく。

「…あァーだりィ。 つーかよォ別にアレがどうなろうと知ったこっちゃねェわァ」

そう言って一方通行が踵を返して。

「おい…“王土ォ”。 まずはテメエは殺すのは後回しにしてやンよ。
 まずはヒーロー気取りの“三下”をブッ殺して…… で、そン次がテメエだ。 忘れンじゃあねェぞォ?」

背を向けたままそれだけ言って一方通行はゆっくりと杖をついてその場より去っていく。
その背に向かって都城王土が面白そうに言葉をかけた。

「覚えておいてやるぞ一方通行《アクセラレータ》。 何、なるべく早く来いよ? 俺が強くなりすぎる前にな」

それを聞いた一方通行はくだらねェ、と言わんばかりに後ろ手を振って。
そして不規則な杖の音を響かせながら去っていった。





闇の中で尚、自らを主張するように白く、白い、白い一方通行がその場から姿を消して、10秒ほど経った頃だろうか。

ようやくすべてが終わったと理解して緊張がとけ、結標淡希は小さく長い溜息を吐いた。
そして、こっそりと隣に立っている都城王土を見上げる。

そういえば何故この金色の男はここにいるのだろうか?
この金髪紅眼の男は[残骸]なんてどうでもいいはず。

そんな結標淡希の心中で生まれた疑問に気がついたように都城王土がニヤリと笑う。

「おい、そんな顔をするなよ結標淡希。 俺の話はまだ終わっておらんのだからな」

そう。
都城王土の話はまだ終っていない。
だから都城王土はここにいる。
不思議そうな顔をした結標淡希の正面に立って、都城王土は朗々と謳いかけた。


「結標淡希よ。 世界は平凡だと思うか? 未来は退屈だと感じるか? 現実は残酷だと悲しむか?」


都城王土はそう問うが返事を望んでいるわけではない。
ただ都城王土は己の信じる己の真実を高らかに謳いあげるだけだ。
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