都城王土「ほう…。学園都市か、なるほどこの俺を迎えるに相応しい」7


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■学園都市・総合ビル

「ガッ…あ…あああああああああああっっ!!!」

両手で頭を抱え結標淡希は絶叫する。

壊された。
白井黒子に自らの信じるものを壊された。

考えてみればおかしな話だ。
例え[残骸]があったところでそれがどうして能力を消せることに繋がるのだろう。

でも…そんな事は関係なかった。
むしろ判っていてもその希望にすがりたかったのだ。

彼女は、結標淡希は自らのトラウマを思い出す。

“恐ろしいチカラ”
“危険なチカラ”
“迫害されるチカラ”
“嫌われるチカラ”

気がつけばその感情は結標淡希の心に決して消えない傷となって残っていたのだ。
座標転移を失敗した時もそうだった。
ふと、演算中にそんなことを考えてしまって。

気がつけば足がコンクリートの中に埋まっていた。
慌てて足を引き抜いたらベリィッ!という耳を塞ぎたくなる音と共に、足の皮膚がベロリと垂れ下がったのだ。


誰もいない静かなはずのビルの中で轟音が巻き起こる。

コンクリートがテーブルが椅子が食器が。
ナイフがフォークが鉄骨がスピーカーが。

ありとあらゆるものが空中で浮遊し、衝突し、弾け飛んでいるのだ。

それは結標淡希の能力『座標移動《ムーブポイント》』が暴走していることを意味する。


制御できない能力すらもそのままにして、結標淡希は未だテーブルの下で身動きがとれないままの白井黒子に向き直る。
ただ殺すのならば簡単だ。
このままそっとしゃがみこんで、その細い首筋に鋭利な刃物を突き立てればいい。
いや、もはや何もいらない。
ただ首を締めるだけでも白井黒子は抵抗出来ないだろう。

だが違う。そんなことを結標淡希は望んでいない。

結標淡希は“心”を壊されたのだ。
結標淡希は“心”を破られたのだ。
結標淡希は“心”を破壊されたのだ。

ならばやり返す。

この正義面した風紀委員の心を壊して破って破壊しなければ気が済まない。


「あはっ! あははっ! ねぇ見てよ白井さん! この光景を! この有様を!」

自らの傷口をさらけだすようにして結標淡希は両の手を広げる。
演者も脚本も不出来な舞台の上で主役が一生懸命踊るように手を広げる。

「ほら! 私たちはこんな“チカラ”を持っているの! 貴女なら判るでしょ! こんな恐ろしい“チカラ”を持っているのよ!!」

耳を塞ぎたくなるような破壊音の中で。 結標淡希は白井黒子の返事など待ちはしない。

「ねぇわかる白井さん!? 貴女の大切な“御坂美琴”は! 私よりもヒドイのよ! 軍隊を相手にして! それでも全員殺してしまうほどなの!」

白井黒子は返事をしない。
ただ無言の視線で以てそれの代わりとする。

「言ってたわよね? 貴女は“超電磁砲”の思い描く未来を守りたいって! でも… それがなに!?」

結標淡希が吠える。

「私も! 私の“仲間”にも! 思い描く未来があって! それを守りたいの!!!」

喉から血が出るように、万感を込めて結標淡希が訴える。

「ねぇなんで! なんで邪魔をするの!? 私達は別に“超能力者”になりたいわけじゃない! ただ“普通”になりたいだけなのに!」


【[A001]! 君には期待している! 君も“普通”になりたいだろう? 我等と同じく“正常”になりたいのだろう?】


そう。
結標淡希はただ“普通”の女の子になりたいのだ。


白井黒子は答えない。
ただ黙して赤毛の少女の悲痛な叫びを聞くだけだ。

「ねぇ白井さん! 貴女は知らないかもしれないけれど! 私は! 私達は“超電磁砲”と闘ったの!
 作りかけのビルで! 学園都市の最強の能力者! “超電磁砲”を相手にして! そしてその時! …あの子達はこう言ったのよ!!」

ジワリと結標淡希の瞳に涙が浮かぶ。

「後は任せた… ただ一言、たった一言、それだけを口にして! 恐怖で震える唇を無理やり笑みの形にして!」

あぁ…そうか。
あれはそういう意味だったのか。
白井黒子はその現場を目にしていた。

零れ落ちそうな涙をその目尻に震わせながら結標淡希は泣き叫ぶ。

「あの子達はただそれだけで! 自分の思い描く未来を守るために! 最強の電撃使い《エレクトロマスター》に立ち向かったの!」

それはどれほどに恐ろしかったのだろうか。
相手が本気になれば、いとも容易く殺される。
けれど、それでも彼等は命を賭けて結標淡希に未来を託したのだ。

だから結標淡希は退けない。
例えこの道の先が漆黒の崖で断たれていたとしても、ただ突き進むしかないのだ。

結標淡希は己の全てを白井黒子に叩きつける。

「ねぇ! 貴方に否定できるの!? 超電磁砲の思い描く未来を守ろうとする貴方と! 私達の未来を守ろうとするあの子達はどこが違うって言うの!」


白井黒子は歯噛みをする。
まだ叩いて殴って刺しあう血みどろな戦いのほうがよかった。
そう、まだ闘いは終わっていない。
これは命よりも重い矜持《プライド》を賭けた闘いなのだ。

「…えぇ。 思い当たるふしはそれこそいくつもありますわ」

白井黒子の脳裏には様々な記憶が映り出す。

風紀委員に憧れて。
手柄を欲した自分の独断専行で大事な先輩…固法美偉を傷つけた。

幻想御手《レベルアッパー》。
それは彼女の友人でもある一人の少女を巻き込んで膨れ上がり。
最終的には一万人の無能力者の怨念となって学園都市の危機を招いた。
けれど…その事件を引き起こした一人の女性はただただ己の教え子達を救いたかっただけなのだ。

「否定なんて…出来るわけがありませんの」

ゆっくりと白井黒子は首だけを動かして、視線だけで射殺さんとばかりに結標淡希を睨みつける。

「ですけども…否定が出来ないからといって肯定する気もありませんのよ?」

意志の力だけで白井黒子は結標淡希に立ち向かう。
生殺与奪の権を握られていても決して退けない。

そして。
この闘いは。
元となる根幹、想いの源が仮初と自覚してしまった結標淡希が勝てるはずもなかったのだ。


自分の能力のはずなのに。
敗北した結標淡希を騒ぎ立て嘲笑うように騒音を立てながら『座標移動《ムーブポイント》』は暴走を続ける。

「…なによ。 …なんなのよ! なんでそんな顔ができるのよっ!?」

積み重なったテーブルに組み敷かれたままの白井黒子が放つ視線に気圧されて後ずさる。
もう既にそれは闘いではない。
結標淡希が口にするのはただの泣き言だった。

「私は! 私達は! 望んで“バケモノ”になりたかったわけじゃない!」

無念の涙が頬から一粒流れる。

「こんな厄介な能力をもった私達を! いったいどこの誰が肯定できるっていうのよ!!!」

能力者は忌避される。
強大な力をもつ故に。
理解が出来ない存在故に。

「人間より優秀な存在なんて! いくらでもいると思わない? 貴方がそれを思わないならそれはただの傲慢《エゴイズム》じゃないの!!」

一度涙が流れば止める術など持ちはしない。
ボロボロと涙を流しながらも必死になって結標淡希は抵抗する。
今ここで折れてしまえば生命を賭けた“仲間”に合わせる顔がない。

だから。

結標淡希は魂を振り絞るようにしてその想いを願いを希望をただそのまま吐き出した。


もはや形振りを構っている余裕もなく。
裸の上半身が顕になっていることに気付く余裕もなく。
結標淡希は涙でグシャグシャになった顔のまま。

「ねぇ白井さん! 答えてよ! 私も! 貴方も! 能力者なんて結局ただの“バケモノ”じゃない!」

そう。
能力に憧れて違法な手段に手を伸ばす少年少女がいるように。
能力を嫌がって違法な手段に手を伸ばす少年少女もたくさんいるのだ。

それはまるで人を踏み潰さないように怯えながら歩く怪獣。
内から広がる罪悪感と嫌悪感、外から降り注ぐ冷酷な視線と心無い罵倒。


結標淡希はそれらすべての少年少女たちの想いを代弁するかのように白井黒子に叩きつけた。


「手枷をつけられ! 足枷をつけられて! 人を殺さないように怯える“バケモノ”を!
 いったいどこの誰が“人間”だなんて認めてくれるっていうのよ!!!」

嵐のように荒れ狂い暴走していた結標淡希の『座標移動《ムーブポイント》』が不意に凪のように静まりかえったビルの中で。



「 俺 《 オ レ 》 だ 」



威風堂々、泰然自若、大胆不敵な。 悠然と、高らかに、朗々と結標淡希の願いを肯定する声が響いた。


その声の主は荒れ狂ったビルの床をまるで気にすることなく闊歩する。
そう、なぜか彼の進む道には障害物となるものが一つもないのだ。

金髪紅眼の獅子のような男。

その男に少女たちは見覚えがある。

「アンタ…」

「貴方は…」

そうポツリと白井黒子が、結標淡希が呟く。
しかし。
その男、都城王土はそんな言葉など気にする風もなく少女たちの視線を惹きつけたままただ堂々と歩く。

そして少女たちの眼前に立ち。 腕組みをして。 そこでようやく白井黒子と結標淡希の顔に紅い双眸を走らせた。

「ほぅ…どこの芋虫かと思えば白黒ではないか。 またよりにもよって随分と珍妙な格好をしているものだな」

笑うようにただそれだけ声をかけて。
チロリと血よりも紅い瞳でもって結標淡希の瞳を貫いた。

「…ヒッ!?」

思わずそう悲鳴を口からこぼした結標淡希を検分するように見定めてから。

「む、何処かで見た顔かと思えば案内人の娘か」

ふむ…と笑いながら都城王土が口元に手をやった。


その瞳にはどこか愉快気な試すような光が浮かんでいる。

「さて…娘よ? さっきは何とも情けない事を言っていたな?」

都城王土がそう口を開いた。
結標淡希はただ何も考えられず、続く言葉を待っていることしか出来ない。

そんな結標淡希を見て都城王土はこう言った。

「“正常”? “異常”? “能力”? “無能力”? 関係あるかそんなもの。 “人間”はどこまでいっても“人間”のままに決まってるだろうが」

ハッ!と結標淡希の積年の悩みを笑い飛ばすようにして都城王土はそう言ったのだ。

もはや仮面がどうのといった話ではない。
都城王土は仮面の奥に隠されたその柔らかで儚いガラスのような結標淡希の心すら諸とも粉砕してもおかしくない。
ポツリと結標淡希は砕け散った仮面の破片を掻き集めて防衛を試みる。

「…うるさい」

だが。

「“バケモノ”だと? ふん、調子にのるなよ娘? 胸のうちに“過負荷[マイナス]の因果律”を抱える“あの女”くらいまでになってようやく“バケモノ”だろう」


そう。
都城王土は一度“触れている”のだ。

『大嘘憑き《オールフィクション》』という在り得ぬ“異常”を持つ男。

そしてその男に“一人の女”が関わって。

『完成《ジ・エンド》』という他人の“異常”を完成させることが出来る“その女”は。
それを無意識のまま自らの胸の奥深くに固く固く鍵をかけ、鎖を巻きつけて封印したのだ。

“その女”はそれに絶対に触らないように、決してその鍵を開けないように気を付けていたが。
その奥底に都城王土は“触れたのだ”。

空前絶後の悪意と善意をごちゃまぜた、そもそもの本人ですらその能力を使いこなせていない、何とも馬鹿らしく何とも非常識で何とも嘘くさいそれに“触れてしまったのだ

”。

だがしかし。

都城王土はここにいる。

気が狂うこともなく、恐怖におののくこともなく、絶望に身を焦がすこともなく。
己の意志でもって己の脚でもって己の存在を己の意義を己自身が決めてここにいる。

果たして…それを一体何処の誰が真似できるだろうか?
触れたとたん腐り落ちる悪意と虚無と害意と殺意と虚偽に触れて尚、己を見失わないということが。

そう。
ありとあらゆる“マイナス”のそれに触れても尚、都城王土は自らを失っていない。


故に、都城王土は己に絶対の自信を持って、己こそが己の超えるべき己だと確信し、結標淡希を否定する言葉を謳うことができるのだ。


その絶対的な自信は…否。 “絶対”の自信は結標淡希にとって眩しすぎる。
だから否定をするのだ。
しなければ何もかもの一切合切結標淡希の全てが崩れていってしまう。

「…うるさいって」

だがその否定は都城王土にとって何の意味も持たない。

「怪物だと? 己の能力が恐ろしいだと? クハッ! 世迷い事を吐かすなよ娘」

都城王土は全てを笑う。
結標淡希の悩みなぞちっぽけであると言って笑う。

「……うるさいって言ってるじゃない!!」

懸命に抵抗しながらようやく結標淡希は気が付いた。

この男と初めて会ったときに感じた胸に生まれた小さな灯火のような欲求は。
この太陽のような眩しい男に憧れて、自分もそうなりたいという願いだったのだ。

結標淡希は己が手に握っている軍用の懐中電灯を、人造の光を見て。
金髪紅眼の男、都城王土というが発する太陽のような天然の光を見て。

羨ましくてそれこそ気が狂いそうだった。

そして仮面の奥底、結標淡希の魂を都城王土が決定的な言葉でもって粉砕した。

「己が未来を守るのに力が必要ならばそれこそ悩む必要などなかろうが。 全力も果たさぬまま未来を守りたいなど…甘ったれにも程がある!」


木っ端微塵に粉砕された。
仮面だけではない。その奥底までもだ。
結標淡希は自分に振りかかる責任を無意識に“能力”という言葉に転嫁していた。
自らの願いを他人に押し付けて同意をしてもらおうという知らず知らずのうちに企んでいた。

だがそれら全ては都城王土の辛辣な言葉でもって完全に打ち砕かれた。

暗がりに向かって人造の光を照らして満足していた結標淡希。
その顔を強引に掴んで、その背で輝いている太陽に直視させたのだ。

あまりにも眩しすぎて。
そしてそれが彼女の限界だった。


「いや……いや…あァ…アアああああアアアあああっっっっ!!!!!」


両手で頭を抱え、結標淡希は仰け反って絶叫する。
ブチブチと音を立てて赤毛が一房その手に残る。
それを見た結標淡希は醜いものを見たような顔をして、それを地面に投げ捨てる。

自分に対する絶対の自信とそれにともなう傲慢《エゴイズム》、自分が自分であるという矜持《プライド》

そのどれもが結標淡希が無意識に求めていたもので。
そしてそのどれもが結標淡希が手にしていないもの。

結局…彼女は他人の思想を自分の夢として偽ることでしか自分を保てなかったのだ。

そして…結標淡希は逃走した。



震える手で[キャリーケース]を[残骸]をその手に掴んで、結標淡希は軍用の懐中電灯すら放り投げて逃げ出した。

そして同時にギシリと空気が歪む。

それは結標淡希の能力『座標移動《ムーブポイント》』が暴走し、引き起こしたものだ。
そもそも“能力”とは『自分だけの現実《パーソナルリアリティ》』が根幹であり。
結標淡希はここから逃げ出したいと切にそう願ったのだ。

ならばそれも当然のこと。
『座標移動《ムーブポイント》』は己の主人の望みを叶えるために、限界まで力を振り絞りその願いを実現した。

間もなく結標淡希の最大値、4520kgもの重圧が空間を超えて襲いかかってくるだろう。

しかし都城王土はそんなことを知るわけがなく消えた結標淡希をフンと鼻で笑った。

「なんともまぁせっかちな娘だ。 この俺がまだ話している途中だと言うのにな」

そんな都城王土を見て、テーブルに押し潰されたままの白井黒子は気が付いた。
同じ空間移動系の能力者である。

肌にピリピリと感じる空気が歪むようなこの感触は間違いなく空間移動攻撃で、間違いなく最大級だろう。

結標淡希の登録データを思い出して白井黒子は絶望した。
4520kgの重量が一気にこのフロアに襲い掛かれば建物全てが倒壊する。

せめてこの男だけでも逃げてもらわなくては。 そう思って白井黒子が青ざめて叫ぶ。

「何をぼんやりしてますの? まだ幾分余裕はあるはずですの! さっさとここから離れてくださいまし!」

必死になって懇願するような声をあげる白井黒子。


597 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/05(日) 23:11:06.96 ID:ifNATuYe0
今ここで助けてくれなんてことは口が裂けても言えない。

白井黒子の上に積み重なっているテーブルは重くガッチリと組合っているのだ。
モタモタしていれば二人揃って圧死だろう。

だが都城王土は腕組みをしたまま動こうとはしなかった。

「ッ! 都城さん! 貴方に言っているんですのよ! 危険ですの!!!!」

その白井黒子の言葉と同時にグワリと空間が歪んだ。

泣きそうな顔で白井黒子は理解してしまった。
あぁ…もう間に合わない。
時間切れだ。
巻き込んでしまう。 巻き込んでしまった。
無理だ。 

もう絶対に無理だ。

空間が歪み、転移してくる物体に押し潰されるように建物の崩壊が始まって。
天井の瓦礫が地響きを立てて落ちてようやく。

都城王土が白井黒子に向かって口を開いた。


「おい白黒。 俺に指図するな」


降り注ぐ瓦礫は等しく都城王土と白井黒子に向かって落下してくる中、都城王土は腕組みをしたまま。
“己が配下”に命令を下す。


.

「 耐 え ろ 《 タ エ ロ 》 」


次の瞬間、白井黒子のその細い首筋にめり込まんとした瓦礫が音を立てて弾け飛んだ。

「……これ…は…?」

白井黒子は目に飛び込んできた光景を見て言葉を失う。

それはありとあらゆる金属が、金属を含んだ全存在が盾となり柱となり壁となりその圧倒的な残骸を食い止めている姿だった。
物言わぬ金属が命ある兵士のように、忠臣となって都城王土の命に従っていたのだ。

もし、彼等に意志があるのならばきっとこう言っただろう。
王の命に従うことこそが本望であるならば、例えこの身が砕け、千切れ、引き裂かれ、最後の一欠片になろうとも遵守するのだ!…と。

そして都城王土は。

その身体から悲鳴をあげてつつも己を守る金属の配下を一瞥すらしなかった。

自らがくだした命令について間違いを認めることはあっても。 後悔なぞは決してしないのだ。
いや、してはならない。 それは彼を信じるものへの裏切りである。

だから…都城王土は無関心ともいえる態度でただこう一言呟くのみだった。


「フン とは言えこれほどの重量ではそう長く耐えきることもできんか」



そう何事もあらんと言わんばかりに言葉を口にして、ゆっくりとと白井黒子の側まで歩み寄る都城王土。

「どら、いい加減その格好を見続けるのはもう飽きた。 どうせおまえもだろう白黒? 俺が手伝ってやるから気にするな」

そう言って都城王土は白井黒子の上に山のように積み重なったテーブルをただの一蹴りで吹き飛ばした。
直接テーブルがその身体に触ることはなかったものの、衝撃の振動で傷が刺激されて白井黒子の顔が痛みに歪む。

しかし都城王土はそれも気にせず白井黒子の腕を掴むとグイと乱暴に引き上げた。

ロマンチックな持ち方では決して無い。
空のワイン瓶を掲げるようなその扱い方に、白井黒子が思わず嫌味を口にする。

「都城さん? …前々から思ってたのですけど …レディの扱いがちょっと乱暴すぎるのではなくて?」

そんな白井黒子の憎まれ口を聞いてクツクツと都城王土が笑った。

「ハッ どの口でレディなどというか。 それだけ軽口が叩けるのだ。 問題はなかろう」

とはいえ、事態は未だ悪化の一途を辿っている。
未だ演算は出来そうもなく、都城王土の造った柱のような盾もあと少しで超重量に圧し負けるだろう。

だから白井黒子はこれで充分と言わんばかりに微笑んで

「ありがとうございますの。 けれどもう結構ですのよ? 貴方一人でどうぞお逃げなさってくださいな」

淑女の見本のような美しい一礼で以て“殿方”の退出を促した。


だがしかし。 それでも都城王土は動かない。

「何…で…?」

“御坂美琴”は自分のことを“大バカ”といったが。
冗談ではない。
目の前にいるこの大胆不敵な金髪紅眼の男こそが“大莫迦者”だ。

このままでは、ふたり仲良く死んでしまうだけ。
だから白井黒子は意味が判らず、混乱した頭で都城王土に訴える。
先程の淑女だどうだのはもう知ったことか。

「何でですの!? 私達はただの他人でしょう!? お人好しにも程がありますの!!」

そんな白井黒子の言葉を聞いて面白そうに都城王土が頬を歪めた。

「お人好しだと? 違うぞ白黒。 お人好しというのはだな」

その時、都城王土の言葉に合わせたように雷鳴を伴う圧倒的な破壊力が床から天井へと突き抜けた。

白井黒子は知っている。
この雷鳴の唸りと共に疾るものが何であるか。
この風穴を開けたのは。
ゲコ太というマスコットキャラクターの貯金箱に入っている何の変哲もないゲームセンターのメダルだ。
そしてそれはその子供らしいファンシーな趣味をもつ少女を白井黒子は知っている。
忘れるはずもない。

「こんだけ風通しを良くしてやりゃあ、まだ間に合うでしょ」

その声を聞いた瞬間。 嬉しさのあまり白井黒子の眼から涙がこぼれた。



.
「悔しいけど私の出番はここまで。後はアンタに任せるわ」

そう言って少女は。 “超電磁砲”は。 御坂美琴はバトンタッチする。

その言葉を聞いて、確かにバトンを受け取ったと言わんばかりに駈け出したのはツンツン頭の少年だった。

白井黒子はその少年にも見覚えがある。
上条当麻。 
白井黒子は知るよしもないが、『幻想殺し《イマジンブレイカー》』という異能を殺す異能をもつ少年だ。

右の拳を岩のように固く握りしめて少年が駆ける。
その姿を見て都城王土が面白そうに笑った。


「そら お人好しとはああいった輩のことを言うのだ」


その都城王土の言葉を全身で体現し肯定するように、少年が走り、跳び、異能の中心点に迫る。
眼前に迫る超重量の瓦礫が迫っても上条当麻は微塵も恐怖を見せはしない。

質量4520kgの巨重をまとめて押し返さんと。
歯を食いしばった少年が、上条当麻がその拳を空間に叩きつけた。
凄まじい轟音と共に見えざる何かを殴り飛ばした上条当麻を見て都城王土は満足そうに笑う。

「なるほどいい拳だ。 さすがの俺も感服したぞ」

そして、たわんだ空間はまるで少年の気迫に押し負けたように自らの使命を完遂することなく。
幻想は打ち飛ばされて消し飛ばされて、殺された。



不条理の連続にもはや言葉もない白井黒子の前で。
先程までの気迫は何処へやら、フゥーと額の汗をぬぐいながら上条当麻が振り返った。

「ま、間に合ったぁ… いやー途中で美琴と合流してなかったらどうにもならなかっただろうし…
 って都城先輩がそこにいるのはわかるけど何でオマエはそんなにボロボロになってんだぁ!?」

そう驚いた上条当麻の邪気のない顔を見て、眼下では心配そうにこちらを見上げている愛しのお姉様を見て。
白井黒子は嬉しさのあまり、泣き笑いのような顔でフニャフニャと言葉を唇にのせた。

「…バカですの …みんな…みんな 大バカ者じゃないですの…」

そう言ってグスッと鼻をすする白井黒子を見て都城王土が面倒臭そうに眉をひそめた。

「…おい上条」

「えっ?あ、はい、なんでしょか都城先輩?」

そう言って振り返った上条当麻に向かって都城王土は苦笑しながらこう言った。

「涙と鼻水まみれの女など俺はお断りだ。 そら、女で苦労するのには慣れているのだろう? 遠慮せず受け取るがいいぞ」

そう言って。
都城王土はポーイと腕の中の小さな少女を上条当麻に向かって放り投げたのだ。


「ちょっ!? 何を考えてるんですのぉーっ!?」

突然の浮遊感に驚いて抗議の声をあげる白井黒子の目に映ったのは面白そうにニヤニヤとした笑っている都城王土だった。

「いやいやいきなりそんなマジっすかぁぁぁああああ!?」

驚愕の声をあげながら緩やかな放物線を描いた少女を慌てて受け止める上条当麻。
そして何とか無事に少女を受け止めることはできたのだが何故か腕の中で白井黒子がプルプルと震えているのに気付く。

「え、えっと…… 大丈夫か?」

何となく声をかけづらい雰囲気のまま、腕の中にいる少女に向かってそう声をかける上条当麻だったが。
腕の中で勢い良く立ち上がった少女にガゴン!と顎を打たれ、上条当麻は「そげぶっ!?」と奇妙な声をあげて悶絶する。

そして当の本人、白井黒子は上条当麻がぶっ倒れたのにも気付かずにムキーと激昂して憤慨していた。

「ちょ…ちょっと…都城さん? いやもうこれはどう考えても酷すぎじゃあないんですの!?」

ツインテールの先っちょまで怒りに身を震わせる白井黒子だがそれは無駄な労力である。
既に都城王土はそこにはいなく、白井黒子の文句は虚空に吸い込まれて消えていく。

都城王土は階段も使わずに10メートルは優にあるであろう半壊した部分から地面に向かって飛び降りていたのだ。
あんにゃろう傷が治ったらしこたま鉄矢ぶちこんでやりますの!と腕まくりをしそうになってふと気が付いた。

「……あぁ。 そうでしたわね。 人の話など聞くような殿方ではないんでしたっけ」

どうせ都城王土に文句を言ってもそれは無視されるか茶化されるだけなんだろうと思って、けれどそれが言うほど嫌なわけではなく。
苦笑してしまう白井黒子の隣にはようやく顎の痛みから回復した上条当麻が立っていた。


「アイタタタ… いや、っていうか俺らも降りましょうよ、ね?」

そう話しかけてきた上条当麻に向かってポツリと白井黒子が真顔になってこう問いかけた。

「貴方…怖いとか恐ろしいとか思わないんですの?」

唐突にそう言われキョトンとした顔をする上条当麻だが、それが真剣な質問であると判って顔を引き締めた。
あたりをキョロキョロと見回して誰にも聞かれないように注意をしながら上条当麻は白井黒子の耳元に口を近づける。

「まぁ怖いっちゃ怖いけど…ほら、それがアイツとの約束だしな」

約束?と白井が繰り返すと少年は小さな声で

「そう、約束だ。アイツとアイツの周りの世界を守るって約束したんだよ」

それは上条当麻の記憶。
ヒビわれた仮面の奥からこちらに問いかけるその声は、今でも上条当麻の胸に信念となって刻まれている。

【――守ってもらえますか?】

そう問われて。 上条当麻は頷いて。 約束したのだ。

【いつでもどこでもまるで都合のいいヒーローのように駆けつけて】

名も知らぬ己の生命を狙ってきた敵といえど。

【彼女を守ると――約束してくれますか?】

それは男と男の約束。


641 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/06(月) 02:07:18.23 ID:ETpJE1mG0
だから上条当麻は“アイツ”を全力で守る。 
守ってみせる。
“御坂美琴”がどこにいてもヒーローのように駆けつけて守りきるのだ。

そう言ってどこか恥ずかしそうに鼻の頭をポリポリと掻きながら上条当麻が白井黒子に恐る恐る問いかけた。

「あー… でさ。 俺は今、そいつとの約束をちゃんと守れてるか?」

その問は。

「えぇ。 ちゃんと守れてますわ。 …半分ほどは」

間髪いれない白井黒子の答えに半分だけ肯定されて、それを聞いた上条当麻は笑った。


「そっか。 それじゃあ残りの半分も守らないとな」


その屈託の無い笑顔を見て白井黒子は思う。

あぁ。確かにこの少年は、都城王土が言ったとおり。
お人好しで大バカ者でそして金髪の男とはまた違う道を歩く男なんだな、と。


――そして地上では。


空から降ってきたこの偉そうな男は誰よ?といった目をしている御坂美琴を完全に無視して都城王土が行橋未造に話しかけていた。

「さて、どうなったのだ行橋? 俺に事情を簡潔に話せ」

「うん☆ 任せてよ王土!」

そう聞かれ行橋未造が待ってましたと言わんばかりに返事をする。
行橋未造にとって都城王土は絶対である。
彼に仕え、補佐し、役に立つことこそが行橋未造の喜びなのだからただ話を聞かれるだけで嬉しいのだ。

「えへへ! えーっとね☆ あのゴーグルをしていた女の子とはもう話がついてるよ☆」

そう言って御坂妹と何らかのコンタクトを取ったことを伝える行橋未造。
勿論自己紹介などしている余裕はなく、王土が名前を知るわけもないが言われてみればこの場にあの青ざめた顔をした少女の姿はない。

けれど。

都城王土はそれを聞いてもフムとだけ頷いて続きを促す。

これ以上考えたりはしないし考える必要もない。
それは都城王土と行橋未造の絆の深さそのものだ。

都城王土にとって行橋未造が何を考えて誰とどんな話をしたかなんてことは関係がない。
だが都城王土は行橋未造の好きにさせる。

そう、行橋未造がすることならば。
それはきっと確実に都城王土の為を思ってのことなのだ。


そして。

もしもそれが都城王土が知っておかねばならぬことならば、行橋未造は黙っていても全てを伝えているはず。
だから都城王土はそれ以上深く聞くこともせず、ただその小さな頭を撫でた。

「ふむ。 さすがは俺の一番の側近だ。 喜べ。 この俺が褒めてやろう」

やわらかい髪をクシャクシャとかきまわすそのゴツゴツとした手。
小さな頭を撫で回す乱暴な感触にされるがままになりながらも行橋未造が嬉しそうな声を出す。

「えへへ… 今更当たり前じゃないか☆ ボクは王土の語り部でボクは王土の忠臣でボクは王土の臣下なんだからさ☆」

今、行橋未造が仮面の下で満面の笑みを浮かべているということなど都城王土は見なくても判る。

だからほんの少しだけ。

水中を数十時間潜水する巨大な鯨がほんの僅か空気を取り込むだけの僅かな間だけではあるが。

静かな褒賞の時間がその場を支配した。
誰も邪魔が出来ないその儀式のような時間。

そして…都城王土はゆっくりと行橋未造の頭から手を離して遠くを見る。
もう息継ぎの時間は終わりだ。
自分から離れていく都城王土を見て、思わずその背に飛びつきたくなる衝動にかられた行橋未造だが、そういう訳には行かない。

都城王土は絶対者で解析不可能な男なのだ。

だから、ここで彼の足を引っ張ってはいけない。
共に歩くことは自分には出来ないが、それでも彼の後ろについてその背を追うことは出来る。
行橋未造はそう思いながら都城王土を見送るのだ。


それが意味することそれはつまりこれより再び、都城王土と行橋未造は二手に別れて行動するということ。

「よし。 ならば行橋よ、判っているな? 俺は先に行く。 後の事は任せたぞ」

そう聞かれて行橋未造は己の役回りを思い出して、道化のような仮面をつけたままエヘヘ!と笑う。

「大丈夫に決まってるじゃないか☆ ボクにまかせてよ王土☆」

その言葉を聞いて満足そうに都城王土が笑い、そして次の瞬間、都城王土が大地を蹴った。
純粋な筋力のみで人はこうまで速く動けるのだという事実をその場の全員の目に焼き付けながら都城王土は瞬く間に姿を消したのだ。


都城王土からは逃げられない?

否。

都城王土が追うのではない。

ただ“都城王土が進む先にいる” ただそれだけのことなのだ。


大地を蹴り、重力を無視したように風を裂く都城王土が向かう先はあの赤毛の少女の絶望のように黒くポッカリと口を開けた学園都市の闇。
ならば。闇を照らすのは何なのかなど今更問うまでもないだろう
己は太陽と匹敵すると豪語する都城王土がその闇の中を眩く照らしていく。

…そして当然。
太陽があれば月がある。

金髪紅眼と白髪紅眼。
まるで太陽と月のように対照的な二人の男が再度邂逅を果たすということだ。


都城王土のその姿が消えるまでその場に立ってただ見送ることだけに務めていた行橋未造がようやく振り向いた。
そしてこちらを見つめていたままの御坂美琴に向かってトテトテと歩み寄る。

「はいこれ! ケータイ電話ありがとね☆」

そう言ってファンシーな携帯電話を御坂美琴に差し出す行橋未造。
だが、御坂美琴は都城王土と行橋未造の掛け合いがまるでラブシーンのように見えてしまいポーッと頬を染めていた。

「……え!? あ、あぁ別にいいわよ? でも君、携帯電話持ってないの?」

ようやく我に帰り、そう言いながら屈んで行橋未造の頭を撫でようとした御坂美琴だったが。
その手が頭に触れるよりも早く、行橋未造の身体がクルンと宙に浮いてから放った回転蹴りがポコンと御坂美琴の胴体にヒットする。

「お、おぅふ!?」

行橋未造にとっては手加減も手加減、軽ーい一撃ではあったのだが。
それでも御坂美琴は脇腹を抑えてヨヨヨと崩れそうになる。

「……ち、ちょっとアンタ! いきなり蹴っちゃダメでしょ!」

思わずそう子供をたしなめる口調で行橋未造を怒った御坂美琴だが。

「コラー☆ タメ口はダメじゃないか! ボクはこう見えて高校三年生なんだからね! 長幼の序はちゃんと守りましょー☆」

えっへんと胸をはる行橋未造のそのセリフを聞いてぽかんと口を開ける。
なーんかこの台詞聞き覚えあるわー、と思いながらも御坂美琴は仕方なく渋々と言い直した。

「…い、いきなり蹴るのはお止しになってください?」

オッケー☆と言って頷く小さな子供を見て、御坂美琴は疲れたような溜息を吐くしかなかった。



■学園都市・大通り

夜も更けたとはいえ、まだ深夜という訳でもない。
だというのに少女が歩く道にはおかしなことに誰もいなかった。
人も獣も、それこそ警備ロボや清掃ロボも。
点々と道路の脇に佇む街灯が放つ冷たい光だけがアスファルトを照らしている。

それはまるでこれから赤毛の少女に襲いかかる寒々しくて救いのない未来を示唆しているようだ。

「……う…ぐっ」

嘔吐が喉に込み上げて、我慢できず道端に胃の内容物をぶちまけようとするがそれすら叶わない。
吐けば少しはスッキリするかもしれないのに、何も入っていない胃から搾り出された胃酸はただ喉を焼くだけだった。

ツ…と唇から銀露のように一筋の液体が流れ落ちるが、それにすら気付くことが出来ず。
結標淡希は幽鬼のような表情でただ歩くだけの逃走を再開した。
ゼッゼッと瀕死の重症をおったように息を短く吐きながら結標淡希は彷徨う。

重症だ。
身体ではない。
心が魂が割れて砕けて粉砕されたのだ。

(……なに、を… これから…わたしは…なにをすれば…)

ガンガンと割れ鐘のように響く頭痛は過去最大級をそのたび更新している。
きっとそのうち頭蓋骨が耐え切れずに内部から破裂してしまうんじゃないかと結標淡希は思った。


足がもつれ、何も無い道の上で無様に転び、裸の上半身にひっかけただけのブレザーがずるりと肩から垂れさがる。
蛍光灯がそのきめこまやかな白い肌を、美しい胸を照らすが、それすら結標淡希はどうでもよかった。

結標淡希は完璧に徹底的に完膚無きまでに壊されたのだ。

結標淡希の使命をあの風紀委員に完全に壊された。
結標淡希の本質をあの金髪の男に完璧に言い当てられた。

そして結標淡希の有様は都城王土という男に完膚無きまでに粉砕されたのだ。

結標淡希は自分が只の傀儡で只の演者で只の子供であったことを自覚してしまった。

だがそれでも結標淡希は歩みを止めない。

結標淡希の心には微かな拠り所がまだあるのだ。
それはまるで今にも潰えそうで消えかけそうな蝋燭の炎のように頼りないものであったが。

“仲間”

そう、結標淡希には”
結標淡希には共に行動をして“超電磁砲”に立ち向かった“仲間”がいる。
そして間違い無く彼等は捕縛されているだろう。


ならば“仲間”を救わなければ。
ただそれだけを胸にして結標淡希は棒切れのように感触のない足を交互に動かしていた。

(…そうだ…連絡…連絡をしなきゃ…)

もはや[残骸]があっても能力が無くなる訳は無いと結標淡希は理解している。

けれど、この[残骸]を[組織]が手にすれば。
きっとこれを切り札として学園都市と交渉できる。

そして、うまく話を進めることが出来たのならば、きっと捕らえられている“仲間”を解放することが出来る。

聞いているだけで都合のいい夢物語だと笑いたくなるその儚い希望だけが今の結標淡希の行動原理だ。
結標淡希は震える手でブレザーのポケットから小さな無線機を取り出して短縮ナンバーを押した。

もうこれ以上は何も望まない。
せめて…せめて“仲間”だけは救わせてほしい。
泣きつかれた顔で結標淡希は心の底からそう願いながら最後の希望を託す。

「…こちら…[A001]より[M000]へ。 …[A001]より[M000]へ」

返事はない。
結標淡希の願いは無機質なノイズ音が冷酷に撥ね付ける。

「こちら[A001]より[M000]へ。 ・・・ッ! ねぇ! 聞こえてるんでしょ! 何とか言ってよっ!!」

残酷な現実への感情をそのまま無線機に向かって叩きつける結標淡希。
握りしめた無線機がミシミシと音を立てて。

そして、ようやく無線機が応答を返してきた。


『[A001] 貴様何処にいる!? キャリーバッグは何処にある!? [残骸]は無事なんだろうな!!』

随分と苛立ちが混じっているがそれは幾度も耳にした[M000]の声である。
届いた、と結標淡希は泣きそうな顔でもって[組織]に、[科学結社]にすがりつく。

「[A001]より[M000]。 [残骸]は手元にある。 それよりも“同士”が、“仲間”が捕らえられた。
 こちらの“能力”は使用不可能。 これより回収を それと同時に“仲間”の解放を前提とした学園都市への交渉を願いたい」

そう、結標淡希の手元には彼女の能力の導となる軍用懐中電灯が無い。
あの金色の男と相対して錯乱して逃走するときに放り投げてしまったのだ。

結標淡希は今“チカラ”を使うことが出来ない。
“普通”の少女となった結標淡希が頼れるものは、頼りない己と頼りない[組織]だけだ。

けれど。
そんな結標淡希の願いは土足で踏み躙られた。

『黙れ! ちくしょう! 何のために貴様等“バケモノ”を使ってやったのか判ってるのか!?』

彼女の砕けきった魂に。
唾を吐いて糞便をなすりこむように[M000]は罵倒する。

枯れ果てたはずなのに、泣きつくしたはずなのに。
再び結標淡希の瞳に涙が浮かぶ。

「…なん…で…? なんで…そんなこと言うの? …やめて ……やめてよぉ」

涙ながらでそう訴えることしかできない結標淡希。
声の主、[M000]が言い放った砂糖のように甘くて親よりも優しい言葉だった。


【そう! 君達は誰かを傷つけることに怯えなくてもいい!】

【君と!私と!君達は! 共に等しく“仲間”なのだ!】

これが“仲間”への仕打ちなのだろうか?

傷つき、羽をもがれ、びっこをひいて歩くことしか出来ない結標淡希。
けれどそんな能力者は[組織]にとって[科学結社]にとって[M000]にとって無用の長物以外の何者でもなかったのだ。

無線機の向こうからは情報が錯綜しているのだろう。
何事かを問われて、それに怒鳴るように返事をする[M000]の声が漏れ聞こてきた。

『あ!? 先発部隊? 馬鹿か貴様! そんなものは放っておけ! 今は[残骸]の回収が最優先だ!!』

そして同時にブレーキ音のような悲鳴が無線機のスピーカーにハウリングを起こした。

『クソックソッ! ちくしょう!! 警備員《アンチスキル》の動きが早すぎだ! …まさか [A001]! 貴様裏切ったのか!?』

そんな事を言われても結標淡希は知らない。
知るわけがない。
だから、結標淡希は訴える。
届いてくれと訴える。

「知らない… 知らないわよそんな事… ねぇ…お願い。 お願いだから“私”を…“私達”を助けてよ…」

返ってきたのは…・・・[M000]の罵声だった。


『うるさい黙れっ! あぁそうだ! 先発部隊なぞ無視しろ! ちっいいか[A001]! 今から向かってやるからそこを動くなよ!
 [残骸]だけは死んでも守れ! お前ら“バケモノ”の代わりはいくらでもいるが[残骸]の代わりはないんだからな!!』

そう[M000]は罵声を浴びせ指示を押し付けて。
そしてブチンと無線機が音を立て、通話が終了したことを結標淡希に突きつける。
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