都城王土「ほう…。学園都市か、なるほどこの俺を迎えるに相応しい」1

学園都市。
それは総人口230万、最先端の科学技術が研究・運用された独立国家にも相当する巨大都市の通称のことだ。
そしてこの都市には隠された裏の顔がある。
外部から隔離されたこの都市では“超能力開発”が学校のカリキュラムに組み込まれており、230万の人口の実に8割を占める学生たちが日々《能力の開発》に取り組んでいる

のだ。

そんな学園都市に、前代未聞のとんでもない転校生がやってきたことから物語は始まる。

幾つもの厳重なセキュリティチェックが終了し、外部と学園都市を繋げている門《ゲート》が開いた。
それは新たな人間がこの学園都市に足を踏み入れたことを意味する。
眼前に広がるは外部より二十年は進んでいる科学技術の粋を凝らした街並み。
初めてこの学園都市を目にする者は誰しもその様を見て息を呑み、目を凝らし、己の常識を再構築する。
だが、この男は違った。


「ほう…ここが学園都市か。 なるほどこの俺を迎えるに相応しい巨大な都市であるようだな」


鷹揚に微笑みながら“悪くはない、満足だ”と言わんばかりの感想を呟く男。

その男は“異様”な風貌をしていた。
生まれつきであろう金髪はまるで重力に反発するかのように天を向き、整った面立ちの中心には煌々と光を放つ紅眼。
その男は全身から“威容”を周囲に振りまいていた。

男の名は都城王土。
“とある”事情を抱え、在籍していた“とある”学園よりこの地にきた。
生まれながらにして王者の気質を持つ王土が腕組みをして学園都市を見渡す。
その背に弾むような声がかかる。


「えへへ☆ 随分とご機嫌だね、王土」


声の主は王土の一歩後ろ、従者のように付き従っているちいさな影が発したものだった。

男子の制服を着込んではいるが、その愛くるしい顔は少年なのか少女なのか。
大きな籠を背負った子供のような風体は、ある意味では都城王土よりも謎めいていると言ってもいいのかもしれない。

影の名は行橋未造。
都城王土に心酔し都城王土に依存し都城王土に付き従う唯一にして無二の忠臣である。

そんな行橋をちらりと横目で一瞥する王土。

「ふん、お前のほうがよほど機嫌がいいように見えるがな。 それよりもだ、“仮面”はどうした?」

「えへへへっ 意地悪な事を言わないでよ王土 “ボクはお前の側にいるならば仮面をつけなくてもいい”ことくらい知っているだろ?」

「あぁ、そういえばそうだったな。 なに、別段他意はないのだ。 気にするな」

不可解な言葉を交わしながらも都城王土と行橋未造が歩き出す。


「ね、王土? まずはどうするのさ?」

前を歩く王土の背にそう疑問を発する未造。
そんな未造の問に振り返ることもなく王土が応える。

「そうだな。 ともあれまずはこの都市の理事長とやらと会うのが最も手っ取り早いだろうさ」

言葉と共に手の内にある一枚の紙をヒラヒラと振る王土。
厳重に封印された封筒にはそっけなくただ一言、こう書かれていた。


[推薦状]


と。


■学園都市・路上


「うひゃあ! 見て見て初春! チョー美味しそう!」

嬉しそうな少女の声。
その声の主は佐天涙子という。
ついさっき露店で買った特盛りのクレープの大きさに驚き、目を輝かせて親友に声をかけたのだが。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよー 佐天さーん…」

返ってきたのは親友の苦渋に満ちた声だった。

「もー まだ迷ってんの?」

その声を聞いて呆れながら振り返る佐天涙子。
そこにはクレープ屋の看板にある見本のクレープを見比べながら迷いに迷っている少女がもう一人。
頭に特徴的な花飾りをした少女の名は初春飾利という。

「そんな必死になって選ばなくてもいーじゃん、また来ればさー」

そう言いながら垂れだしてきたアイスクリームをぺろりと舐める佐天涙子。

「それはそうなんですけど… どっちも美味しそうで…」

飴玉を転がすような甘ったるい声で可愛らしい悩みを口にする初春飾利だった。


「じゃあさじゃあさ、両方食べればいーんじゃない? ダイエット大変かもだけどね」

「わっ! 何を言うんですか佐天さん! ヒドイですよー」

親友をからかう佐天涙子とふざけながらも怒ったふりをする初春飾利。
この少女たちは、その他愛も無いやりとりに夢中になりすぎていた。
周りのことに全く気を払ってはいなかったのだ。

段々と街が静かになっていく。
彼の姿を見た学生は誰に言われるでもなく道を開け、彼の行く手を遮らないように。
ドラム缶という通称で呼ばれている清掃ロボは彼の歩む先にゴミがひとつも落ちないように。
動植物は声を潜め、彼の機嫌を損ねないように。


人も動植物も果ては機械に到るまでが“彼”を尊重し敬っていた。


周囲の異常に気付いていないのはもはや佐天涙子と初春飾利のみだった。

「まま、たーっぷり悩めばいーじゃん? 私はもう我慢出来ないしー。 おっさきー♪」

クレープ屋の前でいまだにうんうん唸ってる初春にそう言い残し佐天涙子がムガッ!と大口を開けた時だった。


8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/03(金) 23:30:11.76 ID:dUyLUzCU0


「お前たちここの学生と見る。 普通なる俺がお前たちに質問をしてくれよう。 謹んで答えることを許すぞ」


「…ふぁい?」

今まさにクレープにかぶりつかんと大口を開けたままで佐天涙子が振り返る。

そこに立っていたのは金髪紅眼の男。

「第七学区とやらが何処にあるのか俺に教えてよい」

佐天涙子は“一般的”な中学生である。
それでも。 彼女の周りには色々な人間がいて、それなりに人間は見てきている。
学園都市最強クラスの能力者や強力な能力をもった風紀委員、果ては一万人の頭脳を束ねた反則的な科学者まで彼女は目にしてきた。

だが、だけど、だからといって、“こんなこれ”を目の当たりにするのは…あまりにも初めての経験だった。
今の気持ちを喩えるならば…アフリカの草原ではしゃいでいた小鹿の目の前に獅子が現れたようなものである。

大口を開けたまま硬直してしまった佐天涙子を見て、獅子のような男が眉をひそめる。


「おいお前、俺に見惚れるのはしょうがないとしてだ。 そのままでは手に持っている菓子がこぼれるぞ?」

「…ふぇっ?」

言われてようやく、佐天涙子は気付いた。
知らず知らずのうちに手に力が入りクレープを握りつぶしてしまいそうだったのだ。

「うわわ!」

溢れそうなクレープを慌てて口で受け止める佐天涙子。
小さな口の周りを生クリームとアイスクリームでベタベタにしながら、佐天涙子は混乱の極地にあった。
このままでは男の問に答えることはできない。 かといって口からクレープを離せば制服が生クリームでトッピングされてしまう。
堂々巡りの思考で頭がこんがらがってきた佐天涙子の窮地を救ったのは軽やかな声。

「なるほどねー☆ ここは第六学区なんだってさ。 第七学区はあっちの方だってさ、王土」

男の袖をクイクイと引っ張りながら繁華街の向こうを指差す小さな影。
幼女のようなちいさな指先を目でおう獅子のような男がフンと鼻をならす。

「む、そうか。 邪魔をしたな娘」

目を白黒させ固まったままの佐天涙子に向かい事もなげにそう言うと男が踵を返し、目的の地である第七学区に歩いて行く。
もはやこちらを一瞥もしようとしないその後姿を呆気にとられたまま見送るしかできない佐天涙子。

そんな佐天に向かい小さな影が振り返った。

「えへ! 驚かせてごめんねー “王”を引退したと言ってもさ、なんせやっぱりあいつときたら生まれながらにして“王”なんだよ☆」

そう意味が分からないことを口にすると、小さな子供が男の後を追う。
気がつけば、いつの間にか街は喧騒を取り戻していた。


残されたのはクレープに口をとられたまま硬直したままの佐天涙子一人だけ。

「…ど、どゆこと?」

もごもごと口の中のクレープを飲み込んで、ようやく佐天涙子はそう呟いた。

疑問しか残らない。

何故自分はあの男の前であそこまで緊張したのか?
何故男と子供は知っているはずの第七学区の場所を問うたのか?

考えれば考えるほど疑問は膨らんでいく。

出口のない思考の迷路をグルグルと走りだした佐天涙子を止めたのは、ほがらかな親友の声だった。



「お、おまたせしました佐天さーん!」

クレープを手にした初春飾利がほんわかした笑いを浮かべながらこちらに向かって小走りで近寄ってくる。

「結局ですねー 二つのクレープをひとつにしちゃいましたー」

佐天涙子の持つクレープよりも巨大なそれを手に持って初春飾利がエッへンと胸をはる。

「見てください! 店長さんいわく! これこそ超弩級のジャンボ王様パフェなのですって…佐天さん口の周りベタベタですよー?」

「え? あ、うん 大きいね それに美味しそう」

ダイエットは明日から頑張ります!と顔に書いた親友の笑顔をみてそっけなく佐天涙子はそう呟いた。

この調子では先程の男にも全く気がついていないのだろう。
鈍感にも程がある親友に言われるがまま口元を拭きながら佐天涙子はおかしいやら呆れるやら。
頭の花飾りを揺らしながら巨大なパフェをちびちびとかじっている初春飾利を見て佐天涙子は、ふとぼんやりと呟いた。

「超弩級の王様……ねぇ」

ふと頭の中に浮かんだ途方も無い想像。

それを何故か笑いとばすことができないまま、とりあえず佐天涙子は手の中のパフェを平らげようと心に決めた。


■窓のないビル

その部屋には窓が無い。ドアも階段もエレベーターも無い。
そんな棺桶のような巨大な空間の中央にあるのは円筒状の装置がひとつ。
ゴポリという音とともに大きな泡が揺らめく水槽の中には『人間』がいた。

『人間』の名はアレイスター・クロウリー。
学園都市総括理事長であり世界最高の科学者としての側面と世界最大の魔術師という側面をもつ測定のできない『人間』である。
まるでホルマリン漬けのように水の中に浮かびながらアレイスターが言葉を口にした。

「ふむ――そんなにおかしなことかね?」

答えが判っている疑問をわざわざ口にして問うたのは彼なりの試験。
その試験を受けるのは金髪グラサンの少年、土御門元春である。

「あぁ。 充分おかしいさ。 おまえの興味をひく人間だと? 信じれられるものか」

吐き捨てるようにそう答える土御門だが、アレイスターはそんな彼の無礼な口調の答えを気にすること無く、さらなる試験を口にした。

「――そのように見えるか。 あぁ、そういえばおまえは私の目的を知っているのだったな」

「はっ 知るものか。 知りたくもない」

問われ、間髪入れずそう気丈に言い返す土御門だったが気がつけばシャツがじっとりと嫌な汗で濡れていた。
今の試験は正解をしてはならない致死性の問。
もしも答えてしまえば、自分はどうなっているのか想像もしたくない。

そんな土御門を見て満足気に目を細めるアレイスター。
ようやく土御門を試すことに満足したアレイスターがゆっくりと口を開いた。


「箱庭学園――名称くらいは聞いたことがあるだろう? 学園都市と相互の技術提供をしている小さな学園のことだ」

小さな学園、などとアレイスターは口にしたがそれは学園都市全体と比べればの話。
全学年10クラス以上ある巨大なマンモス校に匹敵する規模の学園は学園都市にすらない。

「今からおよそ百年前、試験管計画という名のもとにその学園は端を発した。
 数十の財団、国家の軍部に到るまでその根を張り、狂信的にひとつの目的を追い求める老人たちの集団が前身だ」

「老人たちの目的は『人為的に天才を作り出す』こと。 完全な人間を“造り出す”ことなど不可能だというのに、よくもまぁやることだ」

それはアレイスターが追い求めている一つの可能性に酷似していた。

“神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの”。 通称SYSTEM。

“人間”を超え、“完全”となることでそこへ到達できる者を生み出すのが学園都市統括理事長、アレイスターのプランの一つならば。
“人間”を極め、“完全”となることが箱庭学園理事長、不知火袴の目的なのだ。

「あの老人の理念など、もとより私は興味がないのだが…」

口の端に笑みを浮かべながらアレイスターは話を続ける。

「だが――とはいえそれは老人たちの理念であり、そこに集う者には関係の無いことだ」

今自分が聞いていることの重大さに緊張しきった土御門を見てアレイスターが言葉を投げかけた。


「土御門元春――おまえにも心当たりがあるのではないのか? 異常な能力を持つ者の周りには何故か異常が集うということを」

そうアレイスターに問われ言葉を返すことができない土御門。
確かに、アレイスターのいう通りなのだ。
土御門元春の親友である“あの男”の周りでは何故か様々な事件が巻き起こり、多種多様な人間が導かれるようにしてやってきている。

「つまりだ… 個人への興味ではなく、現象として興味があるということか?」

乾ききった唇を無理やり動かしてそうアレイスターに問う土御門。
その土御門の問を聞いて、ほんの僅かな肯定の意をアレイスターが示した。

「まぁ――そのようなものだ。 不安に思うのならば見ておくのもこのままここに留まり見ていっても構わないが。 どのような決断をとるかね?」

試すように、そう問われ土御門元春は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

「ッ… いいさ。 ここで逃げ帰ったところで何にもならん。 見届けさせてもらおう」

そして、土御門は広く暗い部屋に広がる闇の中にその姿を消した。


■第七学区・路上

人通りの少ない路地裏に一人の小柄な少女が立っていた。

長い赤毛を整った顔立ちの後ろで二つに結び、金属製のベルトをひっかけた際どいミニスカートから伸び出る足はスラリと細く白い。
薄いピンク色のさらしのような布で胸を隠しブレザーを引っかけただけの扇情的な上半身は純情な少年ならば直視することもできないくらいの色気を放っている。

少女の名は結標淡希という。

結標淡希は自分がもつ能力である『座標移動《ムーブポイント》』の強力さを買われ、ひとつの仕事を請け負っていた。
その仕事とは、窓のないビルの内部へVIPを案内するという空間転移能力を持つ者にしかできない仕事。

だが。 今その結標淡希は整った顔立ちを苦しそうに歪ませ、その顔色は青く、今にも倒れそうだった。。
突如、内臓に素手を突っ込まれて掻き回されたような酷く強烈な嘔吐感。

(うっぷ……ッ!)

胃酸が喉を焼くも、辛うじて喉元で吐き気をこらえ表面上は事なきを得る。
今、絶え間なく襲ってくる不快感は彼女自身の能力によるものだ。

結標淡希は過去に自分の能力『座標移動《ムーブポイント》』の制御を誤って事故に巻き込まれている。

転移座標の計算ミスにより片足が壁にめり込み、 それを不用意に引き抜いてしまったことで密着していた足の皮膚が削り取られるという大怪我を負った。
それ以来、彼女は自らの身体を転移させることにトラウマを感じるようになり、転移をすれば体調を狂わせるほどの頭痛と吐き気に襲われるようになってしまったのだ。


(くそ… 仕方ないとはいえ。 こんな目に遭うだなんて)

そう心中で毒づく結標淡希。
この仕事はただ要人を送り込むだけではない。

“万に一つも失敗があってはならない”と固く言われ、結標淡希は常に要人と共に座標移動しなければいけない。

往復二回の座標移動。
たったそれだけで彼女の精神と肉体が大きく悲鳴をあげるというのに、今日は最悪だった。

今さっき彼女の仕事用の端末が音を鳴らした。
それはつまり新たなVIPがここにくるということ。

つい数十分前、金髪グラサンの男を送り届けたばかりだというのに、更に座標移動をしろということだ。

(ちっ…ビニール袋でも持ってくればよかった)

今もまだ、胸の中ではぐるぐるとヘドロのような悪寒が渦巻いている。
次にまた座標移動をすればほぼ確実に嘔吐してしまうということを彼女は自覚をしていた。

(ただでさえ最近は忙しくなってきたっていうのにさ)

そう胸の内で苛立ちを吐きながらも結標淡希は無表情の仮面をかぶり、指定の場所に立つ。
もっとも…死にそうな顔をしてそこで蹲っていても誰も気にはしないだろう。


今まで結標淡希は色々な人間を内部へと送り届けてきた。
如何にもな風体をした老人やら香水の匂いを撒き散らす赤い髪の神父やら金髪サングラスの高校生やら。

だが、その誰もが彼女の顔を見ようともしない。

…その気持ちは判らなくもない。

今から出向く先はこの学園都市を統べる統括理事会理事長の部屋。
案内人などに気を掛ける余裕があるほどの場所ではないの重々承知している。
結標淡希だってあの部屋に長居などしたくないし、そんなことは考えたくもない。

だが、こちらを見ようともしない訪問者をただ無言で送り届け、迎えに行くという行動の繰り返しは結標淡希の心にしこりのような感情を残していった。
まるで自分がただ人を運ぶ機械にでもなったような。

(…ッ! だから私はここにいるんだ)

そう自分に言い聞かせ、“目的”を胸の中で反芻することで彼女は自らを鼓舞する。
そんな時だった。

朗々たる声が彼女にかけられたのだ。


「ふむ、どうやらここのようだな。 となれば案内人というのはおまえのことか」


「…え?」

振り向いた視界の先に立つ金髪の男を見て結標淡希は言葉を失った。


ふてぶてしいという言葉すら生温い。
尊大という言葉を体現したかのようなその男を見て、思わず結標淡希は後退りそうになった。

「あ…はい…」

呟くようにそう結標淡希は返事をするも、その金髪の男は自らが投げかけた問に対する答えなどはまるで興味がないようで。
紅い眼をチロリと動かすと、いまだ胸の内では不快感が渦巻いている結標淡希を一瞥し、こう言った。

「確かにこの俺を案内するという大任を負ったのだ。 緊張するのも無理からぬことではあるが、そう塞ぎこんだ顔をされるのは気に食わんな」

「…ッ?」

ズバリとそう言いきられ、言葉を失う結標淡希。

無表情の仮面には自信があった。
この仕事をしていて、今まで誰も彼女のことを気遣ったりなどしなかったのだから結標淡希が動揺するのも当然だろう。

男の一言で暴風雨にもみくちゃにされる小舟のように思考と吐き気が絡みあいだし、結標淡希は更なる頭痛に襲われだした。
そんな結標淡希を見て男は寛大に笑った。

「なに、そこまで緊張せずともよいぞ」

ヒラヒラと偉そうに手を振って苦笑する金髪の男。


「『楽にするが良い《ラクニスルガイイ》』」


そう命令するかのような言葉を男が口にした瞬間だった。
フッと、まるで肩の荷が下りたかのように結標淡希のざわついていた臓腑が、荒れ狂っていた頭痛が、嘘のように静かに収まったのだ。


キョトンと狐につままれたように目をぱちくりとする結標淡希。
だが、そんな結標淡希を見ても金髪の男は特に気にする素振りも見せない。

「さて、この俺をいったいいつまでここに立たせているつもりなのだ? 案内人ならば案内をしなければ何も始まりはしないだろうが」

「あっ、ハイ えっと、二名様ですね? ではすみませんがそちらに立ってもらってもいいでしょうか?」

思わず自然とへりくだった物言いをしてしまい、尚且つそれが自然と自分の口から出てしまうことに内心驚きながら結標淡希は軍用懐中電灯を取り出した。
結標淡希に言われるがまま指定の場所に立った金髪の男の隣に付き従う小さな影が立つ。

「えへへ☆ 都城王土ともあろう男が随分と丸くなったんだね ボク驚いちゃったよ」

そう言って笑う小さな子供に向かって都城王土と呼ばれた男がフンと鼻を鳴らした。

「丸くなった? 違うぞ行橋。 俺は常に成長をしている、ただそれだけのことだ」

不敵に笑う金髪紅眼の男と従者のような子供のアンバランスな組み合わせに結標淡希は思わず意識をそらされそうになるも、気を取り直して軍用懐中電灯のスイッチを入れる


「いきます」

人造の光を振って、結標淡希は二人の人間と共に『座標移動《ムーブポイント》』を行使した。


数秒後、そこには結標淡希がひとりポツンと立っていた。

それは何事も無くVIPを窓のないビルへ送り届けることが終わったということを意味する。

だというのに、結標淡希はぼんやりとそこに立ったままだった。

「都城…王土…」

窓のないビルを見上げながらポツリと呟く。

自分を座標移動したというのに、嘔吐感も無ければ頭痛も無い。

ふと、自分の胸のうちで小さな灯火のような欲求が生まれたということに結標淡希は気が付いた。

だが、それがいったい何を欲しているのかということまでは判らず結標淡希はただ先程の男が窓のないビルより無事に帰ってくることをぼんやりと祈ることしかできなかった



■窓のないビル

「ようこそ学園都市へ」

まるで感情のこもっていないその言葉。
赤い水に浸された円筒の容器の中に浮かぶ人間を見て都城王土は僅かに眉を曇らせた。

「…流石の俺もこんな様を見るのは初めてだ。 随分と驚かせてくれるものだな」

腕組みをしたままそう言い放つ都城王土。
その態度、姿勢からは微塵たりとも怖気付いた様子がない。

「訳あってここから出ることが叶わん身でね。 気にしないでくれ」

コポリと口の端から小さな泡を零しながらアレイスターが薄く笑う。

「既に話は箱庭学園の理事長から聞いている。 そうだな、さしあたって長点上機学園に君は転校し在籍することとなるが――」

それよりも、と言葉を続けるアレイスター・クロウリー。

「君をここに呼んだのには理由があるのだよ。 ひとつ、聞かなければならないことがあってね」

「…なんだ? 俺が許す。 言ってみるがいい」

無礼にも程がすぎる尊大な態度の都城王土だが、それをアレイスターは咎めること無く問を発した。

「君はいったい何を求めて何がしたいのか? ということだ」

アレイスターのその問いかけを聞いて都城王土はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「ふん、愚問だな」

「――」

都城王土の返事を聞いて僅かに目を細める世界最高最強の魔術師。

だが、それでも都城王土は怯まない。
朗々と問に対して言の葉を返す。

「『俺』。 いつだってそれが俺の唯一の行動原理だ 俺は俺として俺を支配する手掛かりを求めているだけにすぎん」

「ふむ。 そうか。 君は君のためにここに来たと」

「その通りだ。」

そう頷く都城王土を見てアレイスターがゆっくりと瞼をつむった。

「――なるほど。 なに、先程も言ったとおり聞きたいことはそれだけだ。 質問があるのならば聞くが?」

「くだらん。 俺に問いてほしいならばそれなりの態度で言うべきだろうが」

そう言って踵を返す都城王土。

そんな都城王土の背にアレイスターの試すような声がかかった。

「あぁ――そうだな。 言い忘れていたよ」


「…なんだ」

立ち止まりはするものの振り向こうとはしない。
背を向けたままその先を促す都城王土を気にすることなくアレイスターがうすら寒い言葉を投げかける。

「この街は――この学園都市はきっと君を失望させたりはしない――ということだ」

それを聞いた都城王土は僅かに頭を振り、チラリと部屋の隅の暗がりに眼を走らせた。

「フン… 伏兵だかなんだか知らんが闇の中にこっそりと手飼の部下を潜ませる奴に言われてもな」

その言葉を最後に都城王土は今度こそ一度も振り返らず、立ち止まらず暗闇の中に消えていった。

闇の中でカチリと人造の光が瞬き、そしてすぐに消える。

もはや此処に残っているのは無音とも呼べる静寂。

ただ僅かに漏れ聞こえる水の音以外はなにも無かった。


「さて――どうだったかね」

その言葉を聞いて暗がりの中からゆっくりと土御門元春が現れた。

「どうもこうも。 イカれてる、としか言い様がないな」

大魔術師アレイスター・クロウリーに相対して尚、その尊大な態度を崩そうとしない者の在り様などとてもじゃないが土御門は理解出来ない。
アレイスターがその気になれば、刹那という時間すら長いその瞬間でもってあの男は死んでいたはずだ。

ゆっくりと言葉を選びながら口を開く土御門。

「彼我の実力差すら判らないほどの馬鹿か」

と、土御門にみなまで言わせず続きをアレイスターが口にした。

「――それともそれすら気にしないほどの大物か といったところかね?」

自分が発しようとした言葉と一言一句違わぬその言語を聞いて土御門元春は苦々しく唇を歪める。

「どちらにしろ…おまえの圧力に屈してない時点で大物ではあるだろうさ」

ふと土御門元春は思った。

あの“少年”なら、“幻想殺し”をその手に宿らせた彼ならば、きっとあの金髪の男と同じくアレイスターの圧力には屈しないのではないか…と。

「招き入れたのは早計だったかもなアレイスター お望みならば俺が奴の監視でもしてやろうか?」

アレイスターに向かって嫌味を吐きながら土御門元春は自分の胸に高鳴る思いを不思議に思った。
何故自分は初対面であるはずのあの金髪の男をここまで評価しているのだろう…と。

そんな土御門元春の内心を見透かしたように。 アレイスターは面白そうに土御門元春の意見を肯定した。

「ふむ――そうだな。 確かにそうかもしれん。 どうせならば彼の行動を誰かに見張らせるのも一興か」

暗闇にブゥンと音を立てて直接映像が浮かび上がる。
そこに映っているのは都城王土と彼の従者、行橋未造の経歴。

「実験台となり、実験体として、実験の先にあるものを追い求めた男を監視するなら――
 実験体に知性を与え、実験体に感情を動かされ、実験体のために暗部に落ちた一人の少女が相応しいと思わないかね?」

その言葉と同時に、さらにもう一人の少女の経歴が浮かび上がった。
彼が何をしようとしているのか察した土御門元春は苦虫を何百匹も噛み潰したような顔になる。

「…アレイスター。 予想はしていたが…やはり貴様は最低で最悪で悪趣味だ」

今更気がついたのか、と言わんばかりにその言葉を飄々と受け流すアレイスター・クロウリー。

「――そうかね? だが」

男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見えるその『人間』は『笑み』を思わせる表情をつくってこう言った。


「――往々にして予想を超える事態というものは起きるものだ。 さて、あの男は一体どれほど私の予想を超えてくれるのだろうかね」


■学園都市・???

ウェーブのかかった髪とギョロ目が特徴的な少女が深く深く息を吐いた。

少女の名は布束砥信。

[量産型能力者《レディオノイズ》計画]に参加していた研究者であり、その計画を妨害しようとたった一人で反旗を翻した反逆者である。

その布束砥信は今、狭く薄暗い部屋に閉じ込められていた。
そこにあるのは簡素な机と椅子のみ。


机の上には一台のパソコンがぽつんと置かれているだけで、ベッドすら無いその部屋はある意味で監獄よりも残酷な密室である。

(deserved…あの小柄な能力者のいう通りの結果になったということね)

布束砥信の脳裏には拳銃の弾を弾き飛ばしたフードをかぶった小柄な少女の言葉が鮮やかに浮かび上がってくる。


【利用価値があれば命だけは助けてもらえるんじゃないですか?】

【命以外何もかも失った超クソッタレな人生がお待ちかねですけどね】


まさしく彼女の言葉の通りだった。

[学習装置《テスタメント》]を監修し脳内情報の入力を担当していた彼女の頭脳は利用価値があると学園都市の暗部は判断したのだ。


今の布束砥信はキーボードを叩くことでしか生きていけない。
与えられた膨大な量の情報を整理し、纏めあげ、吐き出して。
それでようやく生存にギリギリ届く量の食事が配給されるということになっていた。

それが布束砥信の現在。

遠からず彼女は衰弱死するか、それとも意識を失ったあと研究所に送られて生きながらにして身体をバラバラにされ、脳だけを摘出される実験体にでもされるのだろう。

けれど。
布束砥信はそれすら受け入れていた。

間接的にとは言え1万もの命を死に追いやる計画に加担してしまったのだ。
今はただ懸命に生きることにしがみつき、彼女たちの味わった苦難の万分の一でも味わうことこそが贖罪だと、そう布束砥信は覚悟していた。

震える手でパイプ椅子を引きずり、モニターに向かう。
数GBにも及ぶテキストデータを理解し、把握し、再構成し、再構築しなければ次の食事は配給されない。
ゆっくりと息を吐いてキーボードの上に手を置いたその時だった。

ガチャンガチャンと音を立てて幾つもの電子ロックが次々と解錠されていく。
決して開かない筈のドアが開き、その奥には黒服の男が無表情に立っていた。

「出ろ」

その言葉と共に簡素な一枚の封筒を床に放り投げると黒服の男はもはや一瞥すらせずに去っていく。
残されたのは開け放されたドアと呆然としたままの布束砥信。

ゆっくりと震える手でその封筒を拾い、そしてその中に記されていた内容を見て布束砥信は大きな目を更に丸くした。


一枚のコピー用紙に記されている文字は何かの冗談のよう。


[長点上機学園に今度転入してくる人間と接触すること]


もう一枚の紙には転入してくる人間の簡素なデータが記されている。

たったそれだけだった。

報告の義務も期間も罰則も無い。

これは事実上の釈放宣言。

もしかしたら罠なのかもしれないと、布束砥信は思った。

この言葉を鵜呑みにして喜び勇んでここを出ようとした瞬間に頭を撃ち抜かれるのかもしれない。

けれども…それならそれでもいい。


栄養失調で震える足を無理やり動かしてゆっくりと布束砥信は歩き出した。


(…思い出すわね)

無音のエレベーターに揺られながら布束砥信は己が実験に反逆した原点を思い出す。
外に出るに当たって聞きたいことはあるかしら? そう布束砥信は聞いたのだ。
そう問うと、“彼女”はしばらく何事かを考えた後にこう言ったのだ。


【外の空気は甘いのでしょうか?辛いのでしょうか?】


実験体のモルモットがそんなことを気にするようになったのね、と布束砥信は思っていた。
研究者として“彼女”の反応を観察していた布束砥信だったが、重たい扉が開いてふと“彼女”を見た瞬間、思考が止まったのだ。


【様々な香りが鼻孔を刺激し胸を満たします】


その時を境に布束砥信は変わった。


【一様でない風が髪をなぶり身体を吹き抜けていきます】


造り物だと思っていた“彼女”の横顔を見て、布束砥信は反旗を翻そうと決心したのだ。


【日差しが肌に降り注ぎ、頬が熱を持つのが感じられます】


今ならば“彼女”の気持ちが痛いほどに理解できる。


カコン!と音を立ててエレベーターの扉がゆっくりと左右に開き、そして眩しい世界の光が彼女を。
布束砥信の全身を満たした。

二度と見れぬと思っていたその光に包まれて、布束砥信は“彼女”と同じセリフを思い出して…呟いてみる。


「carelessly 忘れていたわ。 太陽とは…こんなにも眩しいものだったのね」


ちょうど朝日が差し込む時間だったのだろう。

朝焼けに照らされた学園都市の上空では飛行船がゆっくりと大気をかきわけていた。

布束砥信の革靴がコツリと小さな音を立てて、アスファルトを叩く。

その音は布束砥信が学園都市に自らの日常に帰ってこれたということの証なのだ。

■学園都市・上空

「ふむ、太陽め。 今日もこの俺に負けまいと燃え盛っているようだな」

ゴウンゴウンと音を立てる巨大な何かの上で腕組みをしたままニヤリと笑う金髪紅眼の男。
生まれながらにして王者の気質を持つ男、都城王土が今仁王立ちしている場所。

それは飛行船の頂点部分だった。
不安定な足元など気にもせず都城王土は満足気に言葉を続ける。

「よい日の出だ。 やはり俺にとって地球は小さすぎるな。 太陽でようやく俺に匹敵するという俺の考えは間違ってはおらん」

都城王土にとって太陽とは己の鏡。
常人が朝、鏡の前で身だしなみを整えるとするならば都城王土は太陽を見て己の姿を確認するのだ。

ようやく“身だしなみ”が終わったのだろう。
都城王土はゆっくりと飛行船の外壁を歩きながら独り言を呟いた。

「さて、そういえば今日が転校初日だったな。 真面目な俺が遅刻するわけにもいかんし、今日はこのぐらいで良しとするか」

数百メートルなどという言葉では追いつかない高度で浮遊する飛行船の外壁を庭のように歩きながら都城王土は頷く。

「どら、そろそろ行橋も起きる頃合いだろう。 俺も一旦帰るとするか」

その言葉を最後に。
都城王土は飛行船の外壁から姿を消した。


■学園都市・長点上機学園

長点上機学園。
能力開発において学園都市ナンバーワンを誇り、常盤台中学と同じく学園都市の五本指の1つに数えられている超エリート校。
とはいえ、ここに通っている学生も街に溶け込めば何のことはない普通の若者たちである。

そして、この日は一大ニュースが飛び交う長点上機学園創立以来の大騒動が巻き起こった日となった。

まずは長点上機学園きっての秀才が突然の復帰をしたということ。
何の連絡もなしにパッタリと学園に来なくなってしまった布束砥信がひょっこりとその姿を現したのだ。

それだけでも大ニュースだというのに、今日は二人の転校生がやってくるらしい。
それを聞いて学生達はライバル心をたぎらせる。

常盤台中学とは違い、能力以外でも突出した一芸があれば高位の能力者でなくとも在籍できるのが長点上機学園の特色だ。
どんな奴が転校してくるかは知らないが、例え能力で負けても学問ならば負けはしない!そんな学生達の闘争心。

しかしそれはすべからく金髪紅眼の男にへし折られることとなったのだ。
厳格で有名な老教師を従えるように教室に入ってきた男はグルリとクラスを見渡してから堂々と教壇に立ってこう言った。


「なるほど。 貴様等が俺のクラスメイトとなる者たちか。 喜べ、この俺、都城王土が在籍してやろう」

「えへへ! ボクは行橋未造っていうんだ! よろしくね☆」


最初はただの大言壮語の大馬鹿者がやってきた学生たちは思っていた。
しかし、この男はそのような尺度で図れる規模の男ではなかったのだ。


しかし、都城王土と名乗る転校生は学問、特に物理や数理においてあまりにも凄まじかった。

片手間で暗算で関数を計算してみせたときなどは数学教師の顎が外れたのではないかとクラスメイトたちが囁きだす。

また、もう一人の転校生である行橋未造は情報科学関連において他の者を寄せ付けない独自の理論を展開し、それが正解か不正解か誰も判らないという状況にまでなったのだ


だがそれも当然のことである。

都城王土は13万1313台の並列稼動してるスーパーコンピュータを同時に操れるほどの演算能力を誇り。
行橋未造はそんな都城王土を補佐し、微調整することが出来るほどの演算能力を持っているのだ。

そう。 演算能力という点において、彼等はそれこそ規格外であるということを忘れてはならない。

かくして、気がつけば転校初日にして都城王土と行橋未造という転校生はクラスメイトの人気者を通り越し、信仰レベルと呼んでもいいほどの信頼を集めることとなる。


だがそんな中でただ一人、布束砥信だけは冷静だった。

(surely …確かに優秀な人材のようね)

そう感心しながらも布束砥信の脳裏に浮かぶのは都城王土のデータに記されていた簡単な経歴。

(彼もまた私と同じく人の命をモルモットのように扱っていたらしいけれど…)

布束砥信は思い出す。
解放されて真っ先に確かめたのは[量産型能力者《レディオノイズ》計画]の進行状況だった。

小型端末のモニタに表示された [実験中止] というそっけない文字を見てどれほど彼女は嬉しかったことか。
だからこそ布束砥信は決意をする。

(もしも、彼が[量産型能力者《レディオノイズ》計画]のような事をここでやるつもりなら…どの様な手段を使ってでも止めなくては)

絶対に御坂美琴のクローン、通称[妹達《シスターズ》]の悲劇を繰り返したりなどはしない。

そう想いと決意を心に刻み込んだ時だった。

突然、都城王土の隣の席に座っていた小柄な転校生、行橋未造が振り向いた。

(!?)

そのタイミングのよさに思わず息を呑む布束砥信。

だが、行橋未造はにっこりと笑ったかと思えば、すぐにまた興味を失ったかのように机にもたれかかる。

(…今のは一体どういうことなのかしら? まるでこちらの胸の内を見透かしたようだったなタイミング…)

退屈そうに椅子の上で足をぷらぷらと揺らせているあどけない顔をした行橋未造が何を思ってこちらを見て笑ったのか。
解を求めるにはあまりにも情報が少なすぎる。
出口のない思考の迷路にはまった布束砥信は授業が終わったチャイムの音にも気付かず一人で思索にふけっていた。

「えっと☆ 布束さんでいーんだよね?」

だから気付かなかったのだ。
声をかけられていると気がついてハッと我に返った布束砥信の前には満面の笑みを浮かべた行橋未造がいた。

「……何の御用かしら?」

思わず身を固くし、冷たい声を出してしまう布束砥信だが、同級生とは思えないほどのあどけなく幼い顔をした行橋未造はそんな態度を気にすることもなく口を開いた。

「えへへ! ボク達ってこの街初めてだからさ。 今度でいいから放課後学園都市の散策に付き合ってよ! できればついでに案内もね☆」

それは布束砥信にとっても願ったり叶ったりである。
この転校生たちの本質がどのようなものか判断するには出来る限り情報を集めておくに越したことはない。

だが、このタイミングでそれを言われるとなると新たな疑念が尽きないのもまた確かである。


「…構わないけれども。 何故私なのかしら?」

どの様な表情も見落とさまいと行橋未造の顔を注視するも、悪意やそれに類する感情は見当たらない。

「えー? 何故って言われてもなぁ… 仲良くしたいからじゃダメなのかな?」

行橋未造の可愛らしい笑顔を見て、布束砥信はフゥと小さな息をつく。
少なくとも自分では彼等がどのような人間であるか理解は出来ないということを理解したのだ。

「…わかったわ。 今日はまだ体調的に無理だけれども、明後日くらいになれば可能なはずよ。 それでいいのならば案内しましょう」

布束砥信の返事を聞いてニッコリと笑う行橋未造。

「えへへっ! 約束だよー☆」

そう言うと、トテトテと軽やかな足音をたてながら都城王土のもとに駆け寄っていく。

都城王土に擦り寄る行橋未造を見て。

(…まるで主人が大好きでたまらない仔犬のようね)

気がつけば布束砥信は心のなかで苦笑いをしていた。


■数日後・学園都市・路上

行橋未造と交わした約束通り、学園都市を案内する布束砥信。

これは思ったよりも厳しいものだった。

良かれ悪しかれ自分が他人の目を集める容姿ではあると自覚している布束砥信だったが、都城王土はそんな彼女の想像を遥かに超えていたのだ。
道行く人の目が集中するもそれを全く気にしようとしない都城王土と共に歩くのはかなり精神的にきつい。クルものがある。

「next ここがセブンスミストね。 学園都市の中でかなりの規模を誇る総合ショッピングモールよ」

それでも頑張って案内を続ける布束砥信に向かってふいに都城王土が口を開いた。
視線の先には微かな駆動音をたてながらのんびりと巡回している警備ロボ。

「布束とやら。 案内もいいがこの都市の治安はどうなっているのだ? まさか警備ロボなどでまかなえる筈はあるまい」

そう都城王土に問われ、布束砥信の頭に名案が閃いた。

「indeed 忘れていたわ。 風紀委員《ジャッジメント》ってご存知かしら? もしかしたらあなたに向いているのかもしれないけれど」

「ほぅ? [風紀委員]…だと?」

聞き覚えのある言葉を聞いてピクリと都城王土の眉が動いた。
最終更新:2011年04月24日 17:14
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