第01回 2012年04月13日

※以下は講義の備忘録です。正式なテープ起こしはもうしばらく(数年)お待ちください。太田120524


  • 哲学はそのルーツにおいてから、誰でも参加できたわけではない。例えば『メノン』http://t.co/T4jMjg4Yに出てくるプラトンとの対話者は、若いけれど、オイコス(氏族、家屋の集まり)の家長。いわば暇のある“中小企業の社長さん”たちの議論が、哲学の場だった。

  • 形而上学metaphysicaは、なぜそう呼ばれるようになったか。アリストテレスの講義草稿を編集したアンドロニコスが、『自然学』の後に『形而上学』http://t.co/LAJKKOyOを編集したから。自然学physikaの後に認識されるものだから、metaphysika。

  • ①意味を理解する(know what)と、②やり方を理解する(know how)について。私たちが、世界をが一挙的に理解する省力化を欲するとき、それはほとんど①のイメージ。「言語の意味はその使用である」という『青色本』http://t.co/uqVXrzB6の指摘はそこと関連。

  • とはいえ、ウィトゲンシュタインも動詞を名詞化して扱う。語―物の対応は、西欧哲学のすごく深いところにある。神学の伝統において、創造が思考と同時になされる(神様は何かを考えた瞬間にそれを創造する)、というイメージがあるからか。

[註 例えば、樫村晴香「人工知能のための人間入門」http://t.co/hUxCygMrは、語―物が対応することを意味作用とみなす思考の特性を、聴覚が視覚(+触覚・味覚・嗅覚)からのフィードバックで調整される動物の発達過程に求めている。つまり西欧に限らずヒトは語―物の対応を求めると]

  • 意味は、語に対応する物を要求する。それでは、何が物を作ることなのか? まず「芸術」と「法」。法は私たちに実効的に影響を与える。この2つはギリシアからずっと論じられてきた。次に「宗教」。宗教は意味ではなく、信仰と儀式に支えられている。同様に「経済(資本主義)」。そして「科学」。

  • ところで語が物を要求するとはどういうことなのか。語がその安定性を得る。語の安定性が大事になるのはどのような場面か。「命令」「ふるまいの伝達」において。人間の集団がまとまって作業を行うとき、分業の調整のなかで、語が不安定だとうまく伝わらない。

  • もちろん「命令」「ふるまいの伝達」に語が不可欠なわけではない。ショーヴェ洞窟の壁画は5千年の間、延々と描き継がれてきた。3万2千年前にそう洗練された言語があったとは思えない。ただ分業の調整に言語が有効なのは、言語が物の要求のからみあいをほぐして何かが“わかる”ようにできるから。

  • 言語を通じて、語に供給される物を要求のレベルで作っていくことができる。ただし、物は要求の内容ではない。

  • テキストを読むときには、要求の細部を見ていく必要がある。例えば、ヴィトゲンシュタインが当時の数学者とどのような課題について話していたか、その課題はその前は誰が論じていたかなど。…そういうinteractionの歴史的な積み上げを無視して、テキストを独立して扱うことが非常に多い。

  • ところで、日本において「もの」と言うときには、「所有物」ではなく、「侵入してくる異物」を指すことが多い。ものすごい、ものすさまじ、…物語もそう。基本的に「もの」は把握しきれない何かであり、おそれと結びつく。

  • だから日本はものの生産において偶然が関わることをあまりネガティヴなことと見なさない。西欧において権利の大元は生産物の「所有権」であり、生産において偶然は忌避される。























最終更新:2013年01月26日 19:20
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