『そして殺人者は野に放たれる』11章の検証

2011/9/6 草稿

日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(文春文庫)「第11章 刑法四〇条が削除された理由」を検証する。


この章の後半部では、第132回国会衆議院法務委員会の議事録を引用し、論を進めている。主張の是非ではなく、主張を導く事実や論理について検証する。



1.刑法四〇条についてはあいまいなまま委員会を通過したのか


本文p.195-196
だが、瘖唖者(四〇条)については、政府については、政府委員が「聾唖者の行為に関します規定につきましては、法制審議会の審議の過程におきまして、現在ではそれを存置する合理性が著しく乏しくなってきておりますので削除が相当であるとの意見が出され、これに異論がなかったということから削除することにいたしたものでございます。」と答えるのみで済まされた(同[注:百三十二回2 - 衆 - 法務委員会]-05号)
私は、刑法四〇条の削除そのものは遅きに失したとはいえ、当然のことだと確信している。だが、三九条については法務委員会でも両院でもタブーとされたまま現在に至った。四〇条についても削除すべき理由すら検証せず曖昧なまま、全会一致で通過してしまっているのは理不尽と言うほかない。



議事録では、聾唖者について他にも発言はある。委員会(05号)での発言から聾唖者について述べている部分を引用する。

○前田国務大臣 刑法の一部を改正する法律案につきまして、提案の趣旨を御説明いたします。
現行刑法は、明治四十年に制定された法律でありますが、今日までに十回余の一部改正がなされましたものの、法文は当初のままの片仮名まじりの漢文調の古 い文体である上、難解な用字用語が少なくありません。そのため、かねてから、一般国民が法文を読んで内容を十分に理解することが困難であるとの指摘があっ たところであります。加えて、第百二十回国会で成立いたしました罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律の審議に際しましても、刑罰法令の 現代用語化について政府は努力すべきである旨附帯決議で求められたところであります。
このようなことから、国民の日常生活に深いかかわりを持つ法律である刑法の表記を平易化し、国民にわかりやすくすることは、早急に取り組むべき課題となっているものと認められるのであります。
この法律案は、以上のような事情を考慮いたしまして、刑法の表記を現代用語化して、平易化し、あわせて刑罰の適正化を図るために必要な改正を行うこととしております。
改正の要点は、次の三点であります。
(略)
その三は、聾唖者の行為に関する規定の削除であります。
現行刑法第四十条は、聾唖者の行為については、これを罰せず、または刑を減軽することとしておりますが、この規定は、聴力及び発語能力を欠くために精神的な発育がおくれることが多いと考えられていたことから設けられたものでありますところ、現行刑法制定後の聾唖教育の進歩拡充等の事情にか んがみますと、今日においては、責任能力に関する一般規定を適用すれば足り、同条を存置しておく理由はなくなったと考えられますことから、これを削除することとしております。
(後略)

○渡辺参考人(日本弁護士連合会刑法改正策委員会副委員長) 
こういうことを見ますと、今回の改正は、基本的には文語体の世界からやっと脱却したという意味での第一歩にとどまるものだろうと思います。それだけに、尊属殺規定だけではなくて、聾唖者の行為に関する規定が削除されたことは、これは平等原則に反するということを含めて論議されていた問題でありまして、これは非常に積極的な意義を持っているというぐあいに考えております。

佐々木(秀)委員
今、中島委員からも御指摘がありましたけれども、今度の改正作業は、平易化それから口語化のほかに、従来からの宿題とされておりました尊属殺規定、これの削除、それからまた聾唖者関係、平等違反ということで削除になりました。これは大変意義のあることだったと思います

山田(正)委員
今回の改正の中で二つだけ、実は刑法第四十条の聾唖者の行為に関する規定を削除することになっておりますが、もともとこれは私どもも一つの差別だなと思っておりましたので、当然のことかな、そう受けとめて歓迎いたしております。またもう一つ、刑法二百条の尊属殺規定について、最高裁判所でこれも違憲判決が出されて二十二年過ぎているということですが、私どもも最初、法律の勉強をするころ、もう三十年近くなりましょうか、そのころから尊属殺についてはいろいろな判例の勉強の中で、確かに非常に悲惨なというか、かわいそうな、涙なしては聞けないような、読めないような、そういう数々の事案を私どもも拝読させていただいておりましたので、これはあれから考えてみれば三十年、むしろこの尊属殺についての加重規定の削除は遅過ぎたのじゃないかな、そんな感想をいたしておるところであります。こういうことで、今回の刑法改正については私は全面的に賛意を表するものでございます。




2.四〇条を削除した理由が、三九条を削除する理由になるか。


本文p.197-199
なぜ四〇条だけが廃止され、三九条は残置されたのか。三九条に抵触する凶悪犯罪は桁違いに多いのである。
そのことを第一三二回国会で指摘したのは、山田正彦議員(新進党、現在は民主党)一人だけであった。その主張には重要な論点が含まれていた。ここに議事録を正確に引いておく。明治に刑法がつくられて以来、初めて本格的に志向された改正刑法草案は当時、与野党と法務官僚と日弁連によって半永久的に棚上げされようとしていた(実際に棚上げされ雲散霧消してしまった)。

○山田(正)委員 ところで、この「改正刑法草案」の中に治療処分、禁絶処分といった保安処分が盛り込まれて、これが一つの目玉であったと思っておりますが、実は、精神障害者による事件、刑事事件、これはかなり深刻な問題がございます。
私どもが本当に心配し、またよく知った事件としては、平成二年十月に衆議院議員の丹羽兵助先生が名古屋の陸上自衛隊第一〇師団の式典に来賓として出席中に、精神分裂病患者で入院しておった者がまさにナイフで刺した、そして亡くなったという不幸な事件もございました。
こうして考えてみますと、この犯人は、結果として心身喪失で不起訴処分になったと聞いておりますが、平成五年の四月には東京都の足立区で、精神分裂病の男性が隣の部屋に侵入して、ひとり暮らしの六十五歳の女性をバットで殴って殺して、そして同じ都営住宅の別の部屋に侵入して、ナイフで一家四人を脅迫して監禁した。こういった恐ろしい事件も起きておりますが、これもまた心身喪失によって不起訴処分になった、そう聞いております。
また最近、近いことでは、昨年の十月に東京の青物横町駅構内において医師が、かねてから治療を受けていた患者からピストルで殺された、銃殺されたという事件があっておりますが、これもまた、新聞等の報道によりますと、精神病者の行為ではないか、そう言われているようです。
そうなりますと、いわゆる心身喪失で刑事責任能力がないとされるような、そういう人たちが私どもの日常生活にかなり野放しになっておると思いますが、こういう精神障害者の犯罪について、まず実態についてわかれば御説明願いたいと思います。

この問題提起は、無視される。



  • 山田議員は、「なぜ四〇条だけが廃止され、三九条は残置されたのか」と指摘したのか。
  • 問題提起は無視されたのか。

議事録は下記のように続く
○古田政府委員 精神障害あるいは精神障害の疑いのある方々が犯した犯罪、これがどの程度あるかということでございますけれども、警察庁の統計によりまして、平成五年につきまして罪種別の人数を見てみますと、凶悪犯につきましては、殺人が百四十四名、これは一一・八%程度になります それから放火が百十三名、強盗が四十五名、強姦が十一名となっております。それから傷害、傷害致死、暴行等につきましては二百九名となってございます。
これらにつきまして、平成元年から平成五年までの五年間の推移を見てみますと、全体としましては、強盗がやや増加傾向があるということが言えるかと思いますが、ほかはいずれも横ばいあるいはやや減少、そういう状況にあるように承知しております。

○山田(正)委員 精神障害者のこういった殺人とか強盗、強姦などの事件が、今のお話によりますと全体で毎年大体七、八百人ぐらいでしょうか、重要犯罪というか、そういうものがいわゆる横ばいで推移しているということでありますが、これだけの犯罪が毎年こうして行われてきているということは、今でも我々まくらを高くして眠れない。ぜひこの問題については早く、慎重にこしたことはありませんが、いずれにしても早くこの予防処分といったものについて、保安処分といったものについてはぜひ法制化の方向で進めていただきたい、そう思っております。
今回の刑法改正についてはそういうところで、実は直接改正とは関係ないのですけれども、私はサリンの事件ではなくて、無国籍者の問題等についてひとつお聞きしたい、そう思っております。
実はことしの一月二十七日に、無国籍のアンデレちゃんという、これはフィリピンかどこかはっきりしないのですけれども、その子供さんに対する最高裁の判決が出まして、そして日本の国籍がやっと認められたわけです。これは私ども大変歓迎するところであります。
これは裁判においては、第一審は、父母ともに知れないと認められるということで、いわゆる無国籍者として日本の国籍を与えるということが認められたわけですが、第二審において高等裁判所では、いわゆる立証が十分でないということで却下された。最高裁において初めて認められた。そして新しい判例として私ども法律家の間でも随分話題を呼んだことでありますが、この作につきましてひとつ、無国籍児、いわゆるアンデレちゃんみたいな、自分の母親もわからない、父親もわからない、ただ日本人の混血であるようだ、そういった子供の数というのはこの日本で今一体どれくらいいるものか、法務省の方で調べられた範囲でお答え願えればと思います。


  • 山田委員は、「なぜ四〇条だけが廃止され、三九条は残置されたのか。」という質問をしていない。精神障害者の犯罪の実態について質問し、保安処分の法制化が必要であると発言したのである。山田委員は、四〇条と三九条を関連付けていない。
  • 山田議員の質問に対して政府は答弁をしている。何をもって無視と表現するのか不明である。

本文p.196
四〇条が、聾唖者を人間扱いしていないから削除すべきだという正当な理由は、そのまま三九条にも当てはまる。

  • 四〇条が削除されたのだから、同じ理由で三九条も削除されるべきだ、という著者の主張は、四〇が削除された理由を曲解していて、不明瞭である。


3.これ以上の刑法改正はしないという政府の確約

本文p.199-200
のみならず、次いで質問に立った日弁連御用達の正森成二議員(共産党)に対して、これらは棚上げされたと、政府委員によって明言されてしまうのである。当時の新聞を繰っても、このことに触れた全国紙は一つもない。

○正森委員 そこで法務大臣、率直に伺いたいんですが、こういう経緯を見ますと、今回、現行刑法の現代用語化、それから尊属殺関係の削除、それから聾唖者の規定の削除というのが法制審議会を通過して、改正案として提出されておるという経緯から見ますと、かつて日弁連との間の意見交換会の結果、自由民主党もおおむね御同意なさったその草案ですね、その他の部分、これは事実上棚上げされたと承知しておりますが、またまた棚の下におりてくるということはないものと承知してよろしいか。それとも、今回が通ればこれを第一歩として、残る点について再びお出しになろうという気ですか。どちらですか。

○則定政府委員 先に事務当局からお答えさしていただきますけれども、先ほど[山田委員から]同様の趣旨の御質問がございまして、草案そのままの形でこれを国会の御審議を煩わすという手続を進めるということは私ども考えていないわけでございます。

こうしてこれ以上の刑法改正はしない、と政府は確約してしまう。日本を被害者無視の凶悪犯罪者天国にする道に政府が同意した瞬間である。のちに九年二ヶ月にわたる新潟での少女監禁事件でも「微罪」扱いの刑しか科すことができなかったのも、精神障害犯罪者の法的野放し状態がまったく改められないのも、この一連の確約のためである。




  • 政府はこれ以上の刑法改正はしないと確約したのだろうか。議事録には、則定委員の発言の続きがある。

○則定政府委員 先に事務当局からお答えさしていただきますけれども、先ほども同様の趣旨の御質問がございまして、草案そのままの形でこれを国会の御審議を煩わすという手続を進めるということは私ども考えていないわけでございまして、今のような、御指摘のような経過を踏まえ、かつまた、その後の社会犯罪情勢の変化を踏まえてまたいろいろと再考すべき点も多々ございますので、そういった形で今後検討してまいりたい、こう思っているわけでございます。

  • 発言の後段は著者によって削除されている。則定委員が想定したとみられる同趣旨の質問とその回答を挙げる。


○細川(律)委員 民法も非常に一般国民に関係ある法律でありますから、その作業の方についてもぜひよろしくお願いしたいと思います。
次に、この現代用語化による平易化というものは刑法全般にわたっておりますけれども、一万条文の削除で提案のある尊属加重規定、それから聾唖者の行為、この二つといいますか、これだけに限って特に提案をされているわけですけれども、これはどういう理由によってこういうふうにされたのでしょうか。

○則定政府委員 お答えいたします。
今回御審議いただいています法案の趣旨は、刑法の表記の平易化が緊急の課題になっておりますことから、これをできるだけ早期に実現していただきたいということでございます。そこで、現行刑法典の条文を可能な限り忠実に現代用語化して平易化し、原則として内容の変更を伴うような改正は今回は行わないということにいたしたいと思ったわけでございます。
ただ、最高裁判所におきまして違憲判決がなされております尊属殺規定につきましては、そのまま現代用語化することができませず、また何らかの手当てが必要でございますが、先般大臣のこの提案理由説明でありましたように、尊属加重規定をすべて削除したものでございます。また、聾唖者の行為に関します規定につきましては、法制審議会の審議の過程におきまして、現在ではそれを存置する合理性が著しく乏しくなってきておりますので削除が相当であるとの意見が出され、これに異論がなかったということから削除することにいたしたものでございます。
それ以外にも、御指摘のように幾つか検討すべき点があることはもちろんでございますけれども、短期に合意を形成して早期に改正法案、平易化法案を出すという点から見ますとなかなか問題がございまして、意見の早期合意形成という点について困難な点もございましたので、今回の改正には含ませなかったものでございます。

○細川(律)委員 今回のこの改正案の提案と刑法改正作業全体との関係についての質問をしたいと思いますけれども、今回の現代用語化による刑法の平易化ということで全面的な改正なのですけれども、これを提案をされたことによって「改正刑法草案」のお蔵入りといいますか、これを確認をする意味があるとか、あるいは「改正刑法草案」の事実上の凍結を確認するものだというように評価をする論評も見られるわけなのですけれども、私もそのように考えたいと思いますけれども、これはこのように考えてもよろしいでしょうか。

○則定政府委員 今回の改正は、用語の平易化とは申せ、字句を全面的に直したという意味では全面改正ではございますが、ただ、内容はあくまでも現行刑法の規定をそのまま現代用語に翻訳するということでございます。実質的な内容の変更を伴います、いわゆる刑法の全面改正の問題は、御案内のとおり、昭和四十九年の法制審議会におきます答申を受けて関係方面等とも意見調整を図りましたけれども、不幸にも意見の一致を見ない点が幾つかございましたことから、今日まで国会での御審議を煩わずに至っていないわけでございます。
ただ、まずもって、今回大臣の趣旨説明にもございますように、全面改正へ向けての基盤整備とでも申しましょうか、用語を現代用語化するということにつきましてまずやりまして、かねてからの刑法改正の草案等で提示されます問題を含めまして、現在あるいは今後の社会情勢あるいは犯罪情勢に合致いたしますよりよい実質的内容を持った刑法典の策定に向けて今後とも作業を進めていかなければならない、こういうふうに考えているわけでございます。

○細川(律)委員 それでは、最後になりますが、今回改正をされなかった事項などで日弁連などの方からもいろいろこれまでに提案がございまして、例えば罪刑法定主義の明文化であるとか、あるいは刑法二十四条二項の問題、あるいはまた公務執行妨害罪への罰金刑の新設、あるいは強盗傷人の法定刑の変更の問題など、こういう点についてもいろいろ提言があったわけなのですけれども、今回改正されなくて大きな問題を残すようなことにもなりますけれども、これらについて今後どういうふうにされるのか、その作業について、もう細かいことは結構でございますが、簡単に説明をしていただきたいと思います。

○則定政府委員 今御指摘ございました何点かのうち、ウエートとして大小幾つかあるかと思います。例えば罪刑法定主義の問題というのは相当大きな問題でございます。これらの問題につきましては、今後全面的な刑法の改正という作業の過程で検討していくべき問題であろうかと思います。
一万また、この強盗致死傷罪等の法定刑の下限の問題等はもう少し至近の問題であろうかという気もいたしておりまして、これらにつきましては、今後いわば時代の要請に合った現行刑法の手当てを行うようなときに検討すべき課題であろうか、こういうふうな感じでおります。

○枝野委員 さきがけの枝野幸男でございます。
今回の刑法の改正案につきましては、その用語をわかりやすくするという趣旨、私は、党内でこの法案の了解をとりますときの説明のときには、ようやく刑法が日本語になりますという説明の仕方をさせていただいたのですが、午前中の参考人の方からも遅きに失したぐらいではないかというお話もあったとおりでございまして、大変結構ではないかというふうに思っております。
確かに午前中の参考人の先生のお話にもありましたとおり、まだまだわかりにくい。私も弁護士の端くれでございますので、ある程度難しい方が弁護士の商売にはいいのかなというような気がしないではないのですが、やはり可能な限りわかりやすくするというのが趣旨だと思いますので、今後もそういった努力をしていただくという前提に立ちまして、大変結構ではないかと思っております。
ただしかしながら、先ほどの細川先生の質問にもございましたとおり、内容面も含めた刑法の改正という問題が、いよいよ現代用語化されたことによりましてどうなっていくのだろうかということが大事な問題になってくる。口語化、現代語化ということだけでこれが終わってしまうとすれば、そして当面の間内容面の再検討というものが行われないとすれば、それは決して歓迎すべきことではないと私は個人的に思っております。
そこで、先ほどの細川先生の御質問にもいろいろ出ておりましたが、今後刑法の内容面の検討、議論、調査等について、本当は時期的な見通しというものをいただければ一番いいのでしょうが、それはなかなかいろいろな利害の調整があって困難だと思います。どういった場で、どういった機関で検討していく御予定であるのか、そういった点での見通し、枠組みとしての見通しをお教えいただければと思います。


○則定政府委員 刑法の実質的な全面的改正の問題でございますが、これは先ほど申しましたような従来の経緯をたどりまして、昭和四十九年に法制審議会から答申を得ました「改正刑法草案」というもの、そのもの自体をそのまま法案という形で国会の御審議を煩わすということは非常に困難な状況になっていることは、率直に申し上げて間違いないわけでございます。
その後、また社会犯罪情勢の変化というものもございます。それからまた、国民の価値観の変化というものもございます。あるいは刑罰観、刑罰についての考え方の変遷といったものもございます。
したがいまして、私ども刑事局の中でこの刑法の改正の問題について専門的に担当する部局を設けておるわけでございますが、なお相当長時間をかけて、事務的に、また学者その他の方々の知恵もかりながら、成案をまとめていく必要があろうか、こういうふうに思っておるわけでございまして、ここ数年のうちに国会の場で御審議をお願いしたいというほど、実は大方の合意の得られる内容を取りまとめるには至っていないところでございます。
ただ、今後例えば海洋法条約の批准等々の問題が現実化してきましたときに、やはり刑法の内容についてもそれなりの手当てを生ずると思われます。そういったときに、その時点で特に急いで刑法の内容的な手当てをする事項があるということになりますれば、あわせてそれらも取り込んだ改正ということはまず当面考えなければならない課題であろうというふうに考えているわけでございます。

○山田(正)委員  ところで、今回の改正以外に実は刑法について実質的な改正を行う必要があるのではないかと。私の知っているところでは、法務省では昭和四十九年でしたか、法制審議会から、いわゆる「改正刑法草案」の答申を受けて刑法の全面改正に入った、そういうふうにお聞きしておりますから、それから約二十年たっているところです。そうしますと、一言で二十年といっても大変な期間でございます。それで、今回一気にというのではなんでございましょうが、せっかく現代用語に変える、こういう一つの大改革でございまして、その際に、そういう刑法の全面的改正作業、これも一緒にやらなかったのか、そしてこれが現在どうなっておるのか、それをお聞きしたいと思っております。

○則定政府委員 今回御審議いただきます刑法の改正法案、これは文字は全面的に書きかえてはおりますけれども、中身は現行法と全く同様にすることにむしろ精力を費やしたということでございます。この点をできるだけ早く御審議いただき、成立させたい、国民の皆様方にできるだけ平易化された、現代用語化された法律で、その刑法というものの内容を知っていただきたい、こういうことでございまして、おっしゃいますような実質的な内容の必要性、これもあるわけでございます。しかしながら、昭和四十九年のその法制審議会の答申以降の経過にかんがみますと、比較的短時間に大方の合意を得るということが極めて難しい点もまた事実でございます。
そこで、先ほど別の御質問の機会に御答弁させていただきましたように、今回はまずその表現の平易化を最優先でやっていただきまして、それを踏まえて、今後所要の改正措置について鋭意検討してまいりたい、こういうことでございますので、御理解いただければと思います。

  • 「改正刑法草案」については、事実上棚上げされたと判断できるが、刑法の改正をしないとは述べていない。


4.対立や異論のあるものは法務委員会の俎上にあげない?


本文p.200-202
それだけではない。対立や異論のあるものは法務委員会の俎上にあげない、という恐ろしい合意まで取り付けられてしまう。法治国家にあるまじき自殺行為である。

○正森委員 それで、こういうような経緯の中で私が承知しておりますのは、法務省との間で刑法改正問題意見交換会というのがたしかできまして、二十三回ぐらいにわたって非常に熱心な論議が行われたと承知しております。
その中で、たしか第四回の意見交換会だったと思いますが、「刑法改正作業の当面の方針」というのを法務省から日弁連側に提起されたようであります。それを見ますと、その基本は、草案のうち「賛否の対立の著しいものは原則として現行法のとおりとする」ということで刑法改正作業から外していくというものであったと思います。それによって、現行刑法を超える重罰化は全部撤回されました。しかし、現行刑法を超える処罰範囲の拡大の問題は検討課題として残され、さらに保安処分についても精神医療に重点を置く形で草案を手直ししようという動きが依然としてあったと思います。
こういうわけで、いろいろ意見交換が行われましたときに、当時の自由民主党でありますが、政権党です。これらの経過を踏まえて日弁連との懇談会を行った結果、一九八五年、昭和六十年の十一月の二十一日に、「刑法全面改正に関する中間報告(案)」を発表いたしました。これは、草案のうち対立の厳しい問題点については「近い将来おおかたの合意を形成することは難しい」と率直にお認めになり、コンピュータ犯罪など必要なものは部分改正で手当てするべきである、こういうぐあいな指摘がございまして、これによっていわゆる草案の実現は事実上当面不可能ということになったと承知しております。
私流のまとめ方ですが、こういう経緯は大筋で誤っておりませんか。

○則定政府委員 そのような経緯であると承知しております。

こうして一九九五年、かろうじて刑法四〇条は削除された。しかし、その代償として、他のおろかな、時代状況に全くそぐわぬ刑法条文を、そのまま残置することが衆院法務委員会で既成事実と化してしまったのである。

  • 経緯についての答弁で、未来のことを断定するのは曲解であろう。



この章では、四〇条を削除するなら三九条も削除すべしと主張したいのだろうが、その論拠は薄弱である。委員会議事録の引用が大部をしめるが、三九条について議論されたものでないので、引用の意図がはっきりしない。
最終更新:2011年09月06日 19:08
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。